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ワクチン接種で先行した国々に学ぶ国家戦略の重要性と、先行国が見据える未来

VACCINATION PRIDE

2021年6月16日(水)11時53分
ウィリアム・アンダーヒル(ジャーナリスト)

もちろん、イギリスとイスラエルの戦術はそれぞれだ。

ワクチン忌避派を呼び込む手段として、イスラエルは主に「グリーンパス」を活用する。2回接種を完了すれば取得できる一種のデジタルパスポートで、パスの提示者だけがバーやクラブ、映画館などに入れる。

「多くの若者や中年層は自分のリスクは高くないと考え、接種にあまり関心がなかった」と、アディニは言う。「グリーンパスは、1年にわたって無縁だった娯楽や社交を楽しむチャンスの象徴になった」

イギリスは接種回数をめぐって大半の国と一線を画し、感染予防効果が低くなるリスクを覚悟で、できる限り広範囲にワクチンを行き渡らせる戦略を取ってきた。

英政府は今年1月、ワクチンの1回目と2回目の接種間隔を当初の計画よりずっと長い12週間に設定し、まずはより多くの人に行き渡らせる方針を採用。疑問視する向きは多かったが、この決定が人々の死を防いだとの研究結果が今では出ている。5月上旬に発表されたデータによれば、アストラゼネカのワクチンを1回接種すれば、新型コロナによる死亡リスクは80%低下するという。

イギリスとイスラエルを結ぶのは、ワクチン接種推進の成功がもたらし始めた経済的見返りだ。

経済の常態復帰にも成功

商業活動が常態に向かうなか、イギリスのGDP伸び率(昨年はG7で最低のマイナス9.9%)は今年、アメリカを上回る7.8%に達すると、米金融大手ゴールドマン・サックスは予測する。エコノミストが特に注視しているのが、消費機会が限られたせいで、この1年間に推定1800億ポンドをため込んできた富裕な消費者層の動向だ。

一方、イスラエル経済は新型コロナ以前のレベルに回復しつつあり、イスラエル銀行(中央銀行)はGDP成長率の6.3%増を見込む。

今や真の危機は気の緩みだ。悲観論者はチリを例に、今後を危ぶむ。

チリのワクチン接種率(少なくとも1回)は50%を超えたが、感染拡大が止まらない。原因としては、感染力がより高いブラジル変異株の流入や国内移動の増加のほか、有効性の低い中国製ワクチンを1回接種しただけで誤った安心感を抱いたり、ソーシャルディスタンスへの意識が薄れていることが指摘されている。

既存のワクチンはこれまでのところ、程度に差はあれ、主要な変異株にも効果を示している。とはいえ英政府は5月5日、変異株を対象とした新型ワクチンの早期開発に向け、試験施設の体制強化に約3000万ポンドを投じると発表した。

「私たちは謙虚でなければ。次に何が起きるか、決して予測できないというのが新型コロナの教訓だ」と、バルイラン大学のコーエンは言う。確かに。それでもイギリスとイスラエルには、胸を張る資格がある。

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