最新記事

欧州

難民が受け入れ国の「市民」になるには何が必要か...戦禍を逃れた人々の切なる願い

REFUGEES NO LONGER

2021年4月22日(木)11時44分
アンチャル・ボーラ

メルケルが15年にシリア難民に門戸を開いた際にイメージしたのは、このオマールのような若者だった。だがメルケルの決断は、難民を脅威として喧伝する極右ポピュリスト政党の台頭を促した。過激派や経済移民が難民を装って流入し、ヨーロッパの安全と一体性を危機にさらすと、極右政党はメルケルを非難した。

受け入れにコストがかかるのは事実で、各国は難民の衣食住、医療、社会への統合に巨額の資金を投じてきた。だがシリア内戦の勃発から10年、難民の集団移動が始まって5年を経た今も、問題を起こす者はごくわずか。大多数は社会の一員になろうと奮闘している。

210427p48_SNM_04.jpg

ハンガリーからドイツにたどり着いたシリア人の中にはメルケル首相の写真を手にした人も SEAN GALLUP/GETTY IMAGES


夢はシリア系スウェーデン人

アーマド(仮名、33)は、スウェーデンの海岸の町ヘルシングボリに住むシリア難民。法的地位を危険にさらしたくないという理由から、仮名で取材に応じた。難民に認定されることで得られる庇護は必要だが、それでも難民と呼ばれると悲しい気持ちになると、アーマドは言う。

「私たち一家はシリア北東のデリゾールで何不自由ない生活を送っていた。亡命することになるとは、夢にも思わなかった。だが戦争に追われてこの国に来たのだから、その意味では確かに難民だ」

義理のきょうだいは政府の支配地域に戻って逮捕された。自分も国に帰れば徴兵忌避の罪で逮捕されると、アーマドは確信している。

同じくシリアから来たファルハン(仮名)も、スウェーデンで新しい生活を築いた。補助教員や青果店の店員をした後、現在は電車の運転士を目指して訓練を受けている。

「仕事をしていなかった頃はスウェーデン政府の援助を受けたが、今はちゃんと働いて税金を納めている」と、ファルハンは胸を張る。「この国の市民になったようで、とても晴れがましい。社会の一員として責任を持ち、役に立っている気がする。シリア出身のスウェーデン人になることが、私の目標だ」

ハインリヒ・ベル財団(ドイツ・ベルリン)で中東・北アフリカ部門を統括するベンテ・シェラーは、ヨーロッパで暮らすシリア難民のジレンマをこう説明する。

「難民の呼称は、やむを得ない事情で受け入れ国に来たことを証明してくれる。けれども一方で、彼らは今の暮らしや仕事に誇りを持ち、難民と見られることに抵抗を示す。難民としてではなく、社会で果たしている役割で判断されたいのだ」難民に代わる表現(例えば難民と市民の間を取った「人道的移民」)の導入を、一部の専門家は提案する。だがこれについては、極右勢力に難民の国外退去を要求する口実を与えるだけだとの異論もある。

デンマーク政府は今年、94人の難民についてシリアの「安全な地域」に送還できると主張し、居住権を取り消した。ドイツは昨年、犯罪歴のあるシリア人を退去させるためと称して送還の禁止措置を解いた。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

ガザ停戦が発効、人質名簿巡る混乱で遅延 15カ月に

ワールド

韓国尹大統領に逮捕状発付、現職初 支持者らが裁判所

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性客が「気味が悪い」...男性の反撃に「完璧な対処」の声
  • 2
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 9
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 10
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 9
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中