【コロナルポ】若者が感染を広げているのか? 夜の街叩きに火を着けた専門家の「反省」
ARE THEY TO BLAME?
押谷は現状を尋ねるこちらの質問に「グッドニュースとバッドニュースがある」という言い方で返すことがある。未知の感染症対策は常にグレーゾーンの中で動く。だからこそ良い情報と、悪い情報に目を配り、リスクを最小化する必要がある、というスタンスが彼の言葉のチョイスから垣間見える。
「新宿区に緊急事態宣言を出したとしても、感染リスクの高い人たちが別の地域に移動するリスクが生まれる。シングルマザーでキャバクラ勤めをしている人たちは、どこで働けばいいのかという問題も起きる。強い対策をして、感染者が見えなくなってしまえば、感染経路を追うという対策そのものが取れなくなる。大事なのは、当事者の理解を得られる形での対策を進めることだ」
押谷と共に、厚労省クラスター対策班で分析を担った北海道大学教授の西浦博は7月4日、Zoomの画面越しに大きくうなずきながら、新宿区の試みを評価した。「ものすごく重要な挑戦です。大げさな言い方をすると、歌舞伎町のようなエリアで、積極的な疫学調査で予防できる最後の希望的試みと言っていいでしょう。強権的な検査をしたり、業務に影響したりするようなやり方を取ると、クラスターが見えなくなる」
新宿区の対策がなぜ重要なのか、その見解について押谷と西浦で大きな差はない。最大の差は、メディアにほとんど出ない押谷に比べて西浦が多弁であったことだ。「8割おじさん」として全国にその名が知られることになり、自身の知らないところで「西浦さんの予測どおりだ」「いや、8割接触削減は大げさだ」といろいろな声が飛び交った。彼自身がツイッターなどで積極的にハイリスクな産業を名指しし、かつ独自に記者会見を開き、何も対策を取らなければ「約42万人」が亡くなるというシミュレーションを4月15日に発表したことも大きいだろう。
私も彼の言動を時に厳しく批判してきた。あまりに感染症対策を優先し、それは例えば若いホストのような経済的に苦しい人々をより追い詰めることになるのではないか、と。西浦が口にしたのも「反省」だった。
西浦の話──「42万人というのはあくまでシミュレーションで、データをコンピューターに入れて結果が出たというものにすぎません。データ分析の専門家に分かるのは、リスクがリスクであるという事実まで。どこで感染が広がっていて、このままどうなるかという予測を出したり、リスク評価することはできる。だけど、それと流行対策に関してどう伝えるかは別の問題だった。丁寧に切り分けて話さないといけなかった」
4月の西浦会見を誰よりも厳しく批判したのは押谷だった。なぜ批判したのか、これまで多くを語ってこなかった押谷は、私がその理由を聞くと、一瞬間を置いてこう語った。
「あれはやっぱり言うべきじゃなかったと本人に伝えました。推計値は前提条件を変えればいくらでも別の数値が出てくる。それならば、レンジ(幅)を持って伝えるべきなのに、ピンポイントに何も対策をしなければ42万人の死者が出るという数字を出すのは、科学者としてどうなんだと。しかも流行は収束に向かっている時期だった。最悪のことは常に僕たちは想定していますが、それをどう伝えるかは別問題です。リスクコミュニケーションとしてあれでいいのか、と。現実は、あの時点で緊急事態宣言も出していたし、もう対策をしているわけです」