【コロナルポ】若者が感染を広げているのか? 夜の街叩きに火を着けた専門家の「反省」
ARE THEY TO BLAME?
開店前のホストクラブ「OPUST」に集う20代のホストたち HAJIME KIMURA FOR NEWSWEEK JAPAN
<感染症対策の名のもとで特定の産業や人々が差別され、排除すら望まれる──歌舞伎町と若者たちにはそんな視線が向けられていた。ノンフィクションライター石戸諭氏が、世代間分断を生んだ専門家に迫る>
(本誌2020年8月4日号「ルポ新宿歌舞伎町『夜の街』のリアル」特集から全文を2回に分けて転載。本記事はその後編です)
※ルポ前編はこちら:【コロナルポ】歌舞伎町ホストたちの真っ当すぎる対策──「夜の街」のリアル
取材に応じた「キーマン」
ファクトとエビデンスは、時に差別にお墨付きを与える。「夜の街」「若者」で感染が拡大しているという言葉が、専門家から無防備に発せられるとき、それは事実であるからこそ、安全のためには彼らを排除しなければならないという社会的な感情を後押しする。
若者が危ない──。そんな意識が広がったのは、政府が設置した専門家会議のメンバーで、かつてWHO(世界保健機関)でSARS(重症急性呼吸器症候群)封じ込めの陣頭指揮を執った疫学者・東北大学教授の押谷仁が3月2日の記者会見で漏らしたひとことだった。
「若年層で感染が大きく広がっているエビデンスはないが、そうでないと説明がつかない」
このひとことにメディアは飛び付いた。確かに事実だったのかもしれない。だが、結果として広がったのは街を歩く若い世代への「けしからん」という感情だったように思える。
ある時期を境に、ぱったりとメディアの取材を避けるようになった押谷が取材を受ける、それも東京都内で直接会って、と返事をくれた。7月6日、指定された施設の一室には、メールの返信や資料の整理に追われる押谷が1人で座っていた。ホワイトボードには、何かのシミュレーションとおぼしき数字が並んでいた。
私は専門家の発言が世代間の分断を生み出し、安易なバッシングを強めたのではないか、と聞いた。質問を鋭いまなざしで聞いていた押谷は、「僕らも反省しなければいけない」、と静かな口調で言った。
押谷の見解──「確かに『若年層クラスター』と呼んで、そこで世代間対立を生んでしまったところがあった。例えば、大阪のライブハウスを見ると20代、30代だけではなく、その上まで幅広い年齢層の人たちがいて感染が広がっていた。このウイルスは、50代くらいまでは重症化リスクが比較的低く、60代以降になると急激に上がっていくので、『若年層』という言い方はよくなかった」
大切なのは感染の連鎖を断つこと。前述した高橋の「懸念」を押谷たちも共有している。避けるべきは無症状、軽症かつアクティブに動き回る人々から40代、50代に感染が広がり、そしてハイリスクな高齢者施設や病院内感染へ広がっていくことだ。
特に介護現場は「濃厚接触」なしには成り立たない。そこで接触を減らすという対策は現実的ではない。だからこそ、まずは感染しているリスクが高い集団を検査し、感染の連鎖を断ち、ウイルスをハイリスク群に持ち込まない策を取る必要がある。
「例えば国民全体にPCR検査を2週間続けたとしても、今日陰性だった人が明日陽性になるかもしれなくて、その人はもう既に感染させているかもしれない。だから結局、やみくもに検査をやっても感染を制御できない。ですが、早くに感染している確率の高い人々を見つければ、その周りの感染連鎖を断つことができる。それが非常にうまくいったのは、大阪のライブハウスです」
2月に発生した大阪のクラスターは、ライブハウスが大阪府からの要請で店名公表に応じ、そこにいた人々が名乗り出やすい環境をつくったことで、ある時点で感染連鎖を断つことができた。店名公表も状況によっては効果があり、状況によっては逆効果になる。選択は常にケース・バイ・ケースだ。