王毅中東歴訪の狙いは「エネルギー安全保障」と「ドル基軸崩し」
そのため、サウジと中国の距離が一気に縮まってしまった。
こうなるとますます「石油人民元(Petro-Yuan)」の誕生を促し、国際通貨としては米ドルに太刀打ちできなかった人民元が、一帯一路だけでなく中東の石油業界で流通可能となり、「中国の夢」が一歩近づくことになる。
3月24日、王毅外相はムハンマド皇太子とにこやかに談笑した。
トルコでも「米ドル」でなく「人民元‐リラ」取引
3月25日、王毅はトルコのエルドアン大統領とも会談したが、それはちょうどトルコの通貨リラが暴落した直後というタイミングだった。おまけにトランプと異なり、バイデンはエルドアンの電話会談要請にさえ応じないという冷淡ぶり。そこで本来なら中国大陸にいるウイグル族の亡命先の一つであったトルコなのに、エルドアンは自ら「中国とトルコの貿易はドル取引でなく、互いの国の通貨"リラ‐人民元"で決済することにしよう」と提案している。
アラブ首長国連邦でも「人民元」
王毅は28日、アラブ首長国連邦(UAE)のアブダビで同国のアブドラ外務・国際協力相と会談した。
ここでも両国は「未来50年間にわたる発展戦略」を共有し、人民元の国際化に貢献すべく、「石油取引の米ドル建てからの脱却」を誓い合ったと中国のネットが報じている。
中国はこれまでアラブ首長国連邦との関係強化に力を注いできたのは確かだが、シェール革命でアメリカが中東に強い関心を示さなくなったため、中東の産油国は基本的に金が入る中国の方へと向くようになっている。トランプが大統領再選のために宗教問題で中東の特定の国に肩入れをしたりなどしたことは、今では逆効果になっているようだ。特にトランプが約束したサウジアラビアやアラブ首長国連邦への武器輸出を、バイデンは一時凍結すると宣言したので、反バイデンの傾向は強くなっている。
結果、中東諸国はこぞって中国の方に傾き、中国の望む方向に動いているのが王毅の中東歴訪から見えてきた。
中国問題グローバル研究所の理事の一人である白井一成氏との共著『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』では「人民元の国際化とデジタル人民元の可能性」を、深セン・香港・マカオをつないだグレーターベイエリア構想における「アジア元」を軸に論じたが、どうやら中東で「石油人民元」が活躍しそうな気配だ。ということは、西でも東でも、形を変えながら人民元がドル基軸を覆す「危険性」が増していることにもなる。
王毅の中東歴訪を、ただ単にアメリカの対中包囲網への対抗という近視眼的視点からのみ考察するのは危ないのではないかと危惧する。
(本コラムは中国問題グローバル研究所における論考からの転載である。)
[執筆者]遠藤 誉
中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社、3月22日発売)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』、『激突!遠藤vs田原 日中と習近平国賓』、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』,『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。