拷問を生き延びたウイグル人家族が、20年の沈黙を破って語った恐怖
ONE FAMILY AND GENOCIDE
サリハは警察署に1カ月間拘束された後、署長に多額の賄賂を支払うことで釈放された。家族はサリハが自宅から半径6キロ以内にとどまること、常に監視下にあることを忘れないという同意書に署名した。事実上の軟禁だった――。
1998年7月、私は移住先のオーストラリアからグルジャを訪れた。3カ月前に中国軍に殺された甥の弔問が目的だったが、グルジャではそれより恐ろしいことが私を待っていた。サリハが全くの別人になっていたのだ。
以前は歌や踊りが大好きで明るかった彼女が、全くしゃべらなくなっていた。完全な人間不信に陥っていたのだ。
姪のサイドも、いとこのアブドゥメナンも、同じように身柄を拘束されたほかの大勢の人々もそうだった。あの残虐な経験を経て、彼らの中の何かが壊れてしまった。
翌月オーストラリアに戻る際、私はできる限り親族を連れて行こうと決心した。そして99年9月にはサリハもオーストラリアに来た。
サリハが拷問部屋での恐ろしい体験の一部を話せるようになるまで、20年以上の時間を要した。彼女は故郷を恋しく思っていたが、戻りたいとは思っていなかった。あの暗い拷問部屋の記憶が、彼女に付きまとっていた。
無視することは黙認すること
そして2016年。もう1人の姉妹であるメストゥレーとその家族がグルジャの強制収容所に送られたという知らせが入った。サリハと私は恐怖におののき、特にサリハは体調を崩してしまった。「連行」「逮捕」「拘束」という言葉は、私たちにとってこの世の終わりと同じなのだ。
中国政府はウイグル人の虐殺が国際社会の目に触れないよう全力で隠し、国外在住のウイグル人は「嘘をついている」と言い張る。
彼らは生き残ったウイグル人たちの信用できる証言を「フェイクニュース」や「欧米による陰謀」だと否定。中国が世界のリーダーとして台頭していることに「嫉妬している」アメリカが、中国に対する「戦争を起こす」切り札としてウイグル人虐殺を利用しているとまで主張する。
だが、ウイグル人は実際に数百万人単位で抑留されたり奴隷にされたり、臓器を摘出されたりしている。女性はレイプされ、望まない結婚や不妊手術を強要されたり、中国の医学研究所で実験台にされたりしている。
21世紀の今日にこんな残虐行為を許してはならない。たとえ中国がどんな経済的・政治的「利益」を国際社会に提供したとしてもだ。