都知事の発言から消毒液の矢印まで 世界で注目「ナッジ」は感染症予防にも効く
第二は、中国、韓国などの圧倒的多数がほとんどすべてのナッジに賛成している「圧倒的ナッジ支持国」である。これらの国では多くの国で支持されない「旅客機を利用するときには炭素排出料金を支払うことをデフォルトとする」というような義務付け型デフォルトですら7割近く支持される。
第三は、日本やハンガリー、デンマークなどの過半数がナッジをおおむね支持しているがその水準が非常に低い「慎重型ナッジ支持国」である。たとえば、「グリーンエネルギーの使用をデフォルトとすることを政府が義務付けする」というようなナッジは、多くの国で8割以上の人が支持するが、日本では59%の人しか支持しない。慎重型ナッジ支持国の共通項として、政府への信頼が低いことを挙げている。ただ、デンマークは政府への信頼が高いとも述べられており、ナッジの支持態度と政府への信頼の関係には、さらなる分析が必要だと思われる。
また、アメリカのみの調査結果であるが、「教育的ナッジ」と「非教育的ナッジ」のどちらが好まれるかを示している点も興味深い。教育的ナッジとは、開示義務、リマインダー、警告などが当てはまり、自身の行為主体性を高めることを目的としている。非教育的ナッジとは、デフォルトなどのことを指し、選択の自由を確保できるように設計はされているが、行為主体性が高まるとは限らない。
一般的には教育的ナッジのほうが好まれる。ただし、非教育的ナッジのほうが効果が高いと伝えられると、主体性よりも有効性を重視し、非教育的ナッジのほうが好まれる。慎重型ナッジ支持国である日本など、他の国においても同様の結果が得られるかどうかは気になるところである。
これらの調査結果から6つの「ナッジの権利章典」を作成している。たとえば、「ナッジは正当な目的を促進しなければならない」(権利章典1)や、「ナッジは人々の価値観や利益と一致しなければならない」(権利章典3)、「ナッジは隠さず、透明性をもって扱われなければならない」(権利章典6)である。ナッジの中には法改正の必要がないため、従来踏まれていた政治的・行政的手続きを経ないで実行可能なものもある。だからこそ、六つの権利章典は最低限守るべきである。
ナッジは行動「経済学」から生み出された概念であることを忘れてはならない。政府や企業の利益だけを向上するために「ナッジ」を使うこともできうるが、あくまでもナッジを受ける人のためになる行動を促進することで、社会厚生の改善に期待できるものに使用すべきだ。経済学者として、ナッジが正しく使用され、新型コロナウイルス感染症の早期終息が実現されることに期待したい。
黒川博文(Hirofumi Kurokawa)
1987年生まれ。関西学院大学経済学部卒業、大阪大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。博士(経済学)。専門は行動経済学。サントリー文化財団鳥井フェロー、日本学術振興会特別研究員を経て、現職。著書に『今日から使える行動経済学』(共著、ナツメ社)。
『アステイオン93』
特集「新しい『アメリカの世紀』?」
公益財団法人サントリー文化財団
アステイオン編集委員会 編
CCCメディアハウス
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