最新記事

行動経済学

都知事の発言から消毒液の矢印まで 世界で注目「ナッジ」は感染症予防にも効く

2021年2月25日(木)17時45分
黒川博文(兵庫県立大学国際商経学部講師)※アステイオン93より転載

第二は、中国、韓国などの圧倒的多数がほとんどすべてのナッジに賛成している「圧倒的ナッジ支持国」である。これらの国では多くの国で支持されない「旅客機を利用するときには炭素排出料金を支払うことをデフォルトとする」というような義務付け型デフォルトですら7割近く支持される。

第三は、日本やハンガリー、デンマークなどの過半数がナッジをおおむね支持しているがその水準が非常に低い「慎重型ナッジ支持国」である。たとえば、「グリーンエネルギーの使用をデフォルトとすることを政府が義務付けする」というようなナッジは、多くの国で8割以上の人が支持するが、日本では59%の人しか支持しない。慎重型ナッジ支持国の共通項として、政府への信頼が低いことを挙げている。ただ、デンマークは政府への信頼が高いとも述べられており、ナッジの支持態度と政府への信頼の関係には、さらなる分析が必要だと思われる。

また、アメリカのみの調査結果であるが、「教育的ナッジ」と「非教育的ナッジ」のどちらが好まれるかを示している点も興味深い。教育的ナッジとは、開示義務、リマインダー、警告などが当てはまり、自身の行為主体性を高めることを目的としている。非教育的ナッジとは、デフォルトなどのことを指し、選択の自由を確保できるように設計はされているが、行為主体性が高まるとは限らない。

一般的には教育的ナッジのほうが好まれる。ただし、非教育的ナッジのほうが効果が高いと伝えられると、主体性よりも有効性を重視し、非教育的ナッジのほうが好まれる。慎重型ナッジ支持国である日本など、他の国においても同様の結果が得られるかどうかは気になるところである。

これらの調査結果から6つの「ナッジの権利章典」を作成している。たとえば、「ナッジは正当な目的を促進しなければならない」(権利章典1)や、「ナッジは人々の価値観や利益と一致しなければならない」(権利章典3)、「ナッジは隠さず、透明性をもって扱われなければならない」(権利章典6)である。ナッジの中には法改正の必要がないため、従来踏まれていた政治的・行政的手続きを経ないで実行可能なものもある。だからこそ、六つの権利章典は最低限守るべきである。

ナッジは行動「経済学」から生み出された概念であることを忘れてはならない。政府や企業の利益だけを向上するために「ナッジ」を使うこともできうるが、あくまでもナッジを受ける人のためになる行動を促進することで、社会厚生の改善に期待できるものに使用すべきだ。経済学者として、ナッジが正しく使用され、新型コロナウイルス感染症の早期終息が実現されることに期待したい。

黒川博文(Hirofumi Kurokawa)
1987年生まれ。関西学院大学経済学部卒業、大阪大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。博士(経済学)。専門は行動経済学。サントリー文化財団鳥井フェロー、日本学術振興会特別研究員を経て、現職。著書に『今日から使える行動経済学』(共著、ナツメ社)。

当記事は「アステイオン93」からの転載記事です。
asteionlogo200.jpg



アステイオン93
 特集「新しい『アメリカの世紀』?」
 公益財団法人サントリー文化財団
 アステイオン編集委員会 編
 CCCメディアハウス

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ビットコインが10万ドルに迫る、トランプ次期米政権

ビジネス

シタデル創業者グリフィン氏、少数株売却に前向き I

ワールド

米SEC委員長が来年1月に退任へ 功績評価の一方で

ワールド

北朝鮮の金総書記、核戦争を警告 米が緊張激化と非難
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中