最新記事

生態系

東アジアから連れてこられたヨーロッパのタヌキの受難は終わらない

2021年2月19日(金)15時30分
冠ゆき

ヨーロッパのタヌキの受難は続く...... anukiphoto-iStock

<かつてロシアが東アジアから連れてきたタヌキが、ヨーロッパ各地に広がり、地域の生態系を乱す存在として問題になっている......>

ヨーロッパのルクセンブルグで、野生のタヌキの存在が初めて確認された。タヌキはもともと日本を含む東アジアにのみ生息する動物だ。そのタヌキがなぜルクセンブルグに? その経緯をただってみると、タヌキの受難の歴史が浮かび上がってきた。

ロシアでは毛皮の材料だった

タヌキの生息が確認されたヨーロッパの国はルクセンブルグだけではなかった。1975年にはフランス東部で(ル・モンド)、1997年にはスイスで(フランス・ナチュール・アンヴィロヌマン, 2009/6/8)、2007年にはベルギーで(シュッド・アンフォ, 2013/6/27)、それぞれ最初のタヌキが確認されている。

もともと極東に生息していたタヌキを西方に連れてきたのは旧ソビエト連邦だ。1929年から1955年にかけて9000頭近くを、毛皮採取を目的にロシア西郡とウクライナの飼育場へと運んだのだ。

やがてタヌキの毛皮が下火となった時代、不要になった飼育場から逃れたり放たれたりしたタヌキは、徐々に西方へと移動した(RTL 5 minutes)。その結果、この50年でタヌキはヨーロッパ広域に広がり、その生息域は2倍の広さになった。

ヨーロッパでは馴染みの薄い動物

しかしながら、タヌキはヨーロッパではまだマイナーな動物だ。英語名(Raccoon dog(ラクーンドッグ))やフランス語名(chien viverrin(シアン・ヴィヴラン))を聞いてピンとくる人はほとんどいない。夜行性であったり、イヌ科で唯一冬眠する動物だったりするため、人目に触れる機会が少ないのも原因だろう。

ヨーロッパの各メディアも、「イヌ、アナグマ、アライグマ、キツネを混ぜたような四本足の」動物だとか「キツネの大きさに、アナグマのような身体つき、イタチ科のような短い脚、そしてアライグマを連想させる毛の色」などと、タヌキの外見説明に苦労している。

公衆衛生上の問題を起こし得る有害な侵入種

1950年代、タヌキはようやく毛皮飼育から逃れたものの、その後、地域の生体多様性に悪影響を及ぼすとみなされるようになった。

スイスのべルン大学のナントウィッグ教授は、「(タヌキが)広がる場所では鳥の個体数が大幅に減少し(中略)生態系の重大な不均衡を生み出している」(スイス・アンフォ, 2004/9/28)と憂慮する。また、ベルギーのアン動物園コーラー副園長は「(タヌキの存在は)ベルギーの生態系を危険にさらす。なぜなら、キツネなど他の動物の食糧を摂取するからだ」(RTBF, 2016/7/15)と発言している。また、タヌキが狂犬病の媒介動物になる危険性も指摘されている。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

米国の関税、英インフレに下押し圧力=グリーン英中銀

ビジネス

アングル:FRB議長解任の可能性に戦々恐々、確信薄

ワールド

ローマ教皇フランシスコの葬儀は26日、各国首脳が参

ビジネス

台湾輸出受注、3月予想下回る12.5%増 中国が減
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 2
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 3
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボランティアが、職員たちにもたらした「学び」
  • 4
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 5
    遺物「青いコーラン」から未解明の文字を発見...ペー…
  • 6
    パウエルFRB議長解任までやったとしてもトランプの「…
  • 7
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 8
    「アメリカ湾」の次は...中国が激怒、Googleの「西フ…
  • 9
    なぜ? ケイティ・ペリーらの宇宙旅行に「でっち上…
  • 10
    コロナ「武漢研究所説」強調する米政府の新サイト立…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 4
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気では…
  • 5
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 6
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 7
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 8
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 3
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 8
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 9
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 10
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中