ロシアの政権転覆が成功しない理由──ナワリヌイとエリツィンは違うから
An Impossible Revolution
しかしエリツィンはナワリヌイとは違っていた。ナワリヌイは常に政治の「部外者」であり、それ故に大衆の信頼を勝ち得ているのだが、エリツィンは明らかに政界内部の人間だった。
スベルドルフスク(現エカテリンブルク)で建築現場の監督としてキャリアをスタートさせたエリツィンは、共産党に入党するや持ち前の政治手腕を駆使して順調に出世し、同じ改革派のミハイル・ゴルバチョフに気に入られ、最高機関である共産党政治局の委員に抜擢された。
その後、ゴルバチョフと対立して政治局を追放されたものの、わずか2年でソ連邦人民代議員大会のメンバーに選出された。そして議会の多数派を構成する民族主義者と民主派の支持を取り付けて最高会議幹部会の議長となり、ゴルバチョフの立場を徐々に弱体化させていった。
やがてエリツィンは、ソ連邦を構成する共和国の中核であるロシアの大統領に就任した。連邦を構成する多数の共和国を実質的に率いる立場だ。そして1991年8月の共産党による「反革命」クーデターを阻止し、一躍新生ロシアの「顔」となった。
あのとき、制度的には共産党側が軍隊を含む国家機関を掌握していた。だが軍隊は動かなかった。首都を守る軍隊がデモ隊の市民を蹴散らすことはなく、エリツィンを逮捕せよという命令に従うこともなかった。
機が熟すのはいつか
一方、共産党側も流血の事態は避けたかった。だから抵抗を諦め、クーデターは失敗に終わった。勝ち誇るエリツィンは2年後、当時と同じ軍隊を動かして自らに対する反乱をつぶしている。
こうしてロシアとその近隣諸国における革命の歴史を振り返ってみると、ナワリヌイの活動が政権転覆につながる見込みは薄い。
確かにプーチンの体制は腐敗しているが、その強権支配によって軍隊を含む国家機関を完璧に掌握している。彼の立場は、かつてのエリツィンよりもはるかに強い。プーチン与党の面々は政府の要職をほとんど独占して甘い汁を吸っている。民間企業も大小を問わず、プーチンのご機嫌さえ伺っていれば、面倒なことは避けられる。
もちろんロシアにも、避け難いプーチン引退の日に備えて政権移行の手続きを憲法に盛り込む動きはある。しかしそれは、プーチン後も今のエリート層が特権と利権を維持できるようにすることを目指している。
いや、ナワリヌイの運動が全く無意味だとは言うまい。今秋までには総選挙が予定されているが、彼の運動がプーチン与党の支持率をさらに引き下げるのは確実だ。プーチン時代しか知らない若いロシア人たちも、今とは違う社会を求めて動きだしている。今はまだ、それは「種」にすぎないが、やがて芽を吹き、大きな木に育つだろう。しかしそれには時間がかかる。