コロナ対策を阻む「ワクチン忌避派」の壁──不信感の源は?
THE VACCINE RESISTANCE
各種の世論調査を見ると、新型コロナの感染が始まった当初からワクチンに対する国民の信頼は低かったが、夏になっても感染拡大が収まらない状況で信頼はさらに低下した。ギャラップの調査では、6月段階ではワクチン接種を望む人がまだ60%を超えていたが、9月に入ってトランプが無責任に「大統領選の投票日までにワクチンを完成させる」などと言い出すと、この数字は一時、50%まで落ち込んでしまった。
つまり、世論はちょっとしたことで大きく揺れる。揺れ方次第ではワクチンも宝の持ち腐れとなる。ファウチは感染拡大の阻止には国民の少なくとも75%、できれば85%がワクチン接種を受ける必要があるとして、「国民の50%が接種を拒めば公衆衛生上の深刻な健康問題になる」と語っている。
ワクチンの出荷が順調に始まったことで、国民一般の間でワクチンに対する理解が深まり、接種を希望する人が増えるとみる専門家もいる。だがワクチン接種率を75%まで引き上げ、それを維持して感染拡大を食い止めるのは至難の業だ。
なにしろワクチンへの信頼は、さまざまな理由で簡単に低下してしまう。ジョー・バイデン次期大統領への政権移行手続きがトランプの抵抗で滞るとか、何らかのトラブルでワクチンの配布が遅れるとか、想定外の副反応が見つかる(あるいは、その手の偽情報が流れる)とか、ワクチンに関する陰謀説が再浮上するとか。そんなことがあれば、接種を希望する人は確実に減る。
今回のワクチンへの抵抗の源には昔ながらの反ワクチン運動がある。1998年のこと、イギリスの医師アンドルー・ウェイクフィールドが著名な医学誌ランセットに、自閉症の発症とMMR(はしか、おたふく風邪、風疹の3種混合)ワクチン接種には関連性があるとする衝撃的な論文を発表した。その主張は後に誤りと判明し、同誌も論文を撤回した。MMRワクチンの接種時期と自閉症の発症時期が、たまたま重なっていた(どちらも2歳前後)にすぎなかったからだ。
しかし著者ウェイクフィールドは自説を曲げなかった。医師免許を剝奪されても屈せずに主張を続け、子供にワクチン接種を受けさせることの安全性を懸念する親たちの間にワクチン忌避の動きを広めた。
2014年からカリフォルニア州のディズニーランドではしかが流行すると、学校と保育園では親の宗教や個人的な信条のいかんを問わず子供へのワクチン接種を拒めない州法が成立した。だが2016年には、ウェイクフィールドが監督した映画『MMRワクチン告発』が公開された。自閉症とワクチン接種の関連性を政府が隠蔽していると主張する疑似ドキュメンタリーの映画だった。そして2019年にはジョージア州で、16〜17歳の子供なら親の同意なしでワクチン接種を受けられるとする法案が提出され、大いに物議を醸した。