最新記事

ワクチン

コロナ対策を阻む「ワクチン忌避派」の壁──不信感の源は?

THE VACCINE RESISTANCE

2020年12月24日(木)16時30分
フレッド・グタール(科学ジャーナリスト)

magf201224_Vaccine3.jpg

学童への予防接種義務化に抗議するデモ隊(下、2020年8月、マサチューセッツ州) SCOTT EISEN/GETTY IMAGES

こうして「個人の自由」を根拠にしたワクチン忌避の新たな流れが生まれた。どこかで聞いたような話と思われるだろう。そう、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐためのマスク着用義務化に抵抗する理屈と同じだ。いくら当局が科学的な証拠として実効再生産数(1人の感染者が何人に感染させるかを示す数値)や感染検査の陽性率、無症状段階での感染リスクなどを指摘しても、庶民の不信感は拭えない。

トランプ政権が残したツケ

しかも、この1年は大統領選絡みで偽情報が飛び交った。陰謀論には格好の温床だ。むろん、その多くは焼き直しだった。2015 年にジカウイルスが流行した後には、モンサント製の農薬に起因する新生児の奇形を隠蔽する工作だという説が広まった。最近では、マイクロソフト創業者のビル・ゲイツが自分の財団を通じたワクチン開発事業で、マインドコントロール用のウイルスを作成し、特許を取得したという風説もあった。新型コロナの流行は何者かが仕組んだものだとする動画もネット上で拡散している。

そしてファイザーのワクチンにもモデルナのワクチンにも、悪名高い遺伝子操作の技術が使われていると誤解されやすい面がある。確かにどちらのワクチンも従来のものとは異なり、メッセンジャーRNAという遺伝物質を用いて、細胞におとりのタンパク質を作らせる仕組みだ。

なにしろ最先端のバイオテクノロジーの産物だから、庶民にはなかなか理解できない。その理解不能なものを、全ての国民に接種すると言われたら、ちょっと待てと異議を申し立てたくなる人が出てくるのは無理からぬところだろう。

医療の専門家は、もちろん「心配するな」と言う。なにしろ大規模な治験を実施している。ファイザーとモデルナは合わせて6万人以上の被験者を動員した。それでも、実際に何億もの人が接種を受けてから初めて明らかになる問題もあるだろう。

医者や政府当局者はデータに基づいて安全性を強調するが、結局のところ、リスクを引き受けるのは一般国民だ。そして現に、安全なはずのワクチンで悲劇が起きた例が過去にある。そうである限り、世に陰謀説のタネは尽きないのだ。

関係者が恐れるのは、アメリカで新型コロナウイルスが猛威を振るうなか、この病気の深刻さを否定する考えや医療施設への不信感が広がって感染終息が見通せなくなる事態だ。2014年にエボラ出血熱が流行した西アフリカ諸国がそうだった。

当時、現地の人はエボラ出血熱のことをほとんど知らず、病気だと言われても信じなかった。なにしろ感染すれば10人中9人が悲惨な死を迎えるのだ。病気じゃない、超自然的な何かだと思いたくもなる。

感染者の隔離という公衆衛生当局の命令に懐疑的な人も多かった。リベリアとシエラレオネでは、治療施設に送られた患者の多くが戻ってこないため、家族が発病してもその事実を隠す住民がいた。医療従事者が殺された例もある。ガーナではワクチンを打たれたら死ぬという噂が広まって、治験計画が中止された。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、来年は積極的なマクロ政策推進 習氏表明 25

ワールド

ロ、大統領公邸「攻撃」の映像公開 ウクライナのねつ

ビジネス

中国、来年は積極的なマクロ政策推進 習氏表明 25

ワールド

フィンランド、海底ケーブル損傷の疑いで貨物船拿捕 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめる「腸を守る」3つの習慣とは?
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 5
    「すでに気に入っている」...ジョージアの大臣が来日…
  • 6
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 7
    中国軍の挑発に口を閉ざす韓国軍の危うい実態 「沈黙…
  • 8
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 9
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 10
    「サイエンス少年ではなかった」 テニス漬けの学生…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 6
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 7
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 10
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中