EU離脱にコロナ禍で「二重苦」 英国シティの再起の道は
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金融街シティは、17世紀のロンドン大火、ペスト大流行その他、数世紀にわたる激動を生き延びてきた。だが今回は、その将来を脅かす二重の打撃に直面している。写真はアイゲン・テクノロジーズの共同創業者でCEOを務めるリュー氏。シティで1日撮影(2020年 ロイター/Huw Jones)
フィンテック分野の起業家であるルイス・リュー氏にとって、この地球上にロンドンより素晴らしい都市はありえなかった。
中国生まれ、ニューヨーク育ちで、アイゲン・テクノロジーズの共同創業者にしてCEOを務めるリュー氏にとって、「スクエア・マイル」(ロンドンの金融街シティの別称)で企業を立ち上げることは年来の夢だった。欧州金融界の伝統ある中心地で、アイゲンのような企業に不可欠なグローバル人材が集まる場所である。
だが、イングランド銀行の間近にオフィスを開設して1年も経たないうちに、ようやく実現したリュー氏の夢は危機を迎えた。
シティ街は、17世紀のロンドン大火、ペスト大流行その他、数世紀にわたる激動を生き延びてきた。だが今回は、その将来を脅かす二重の打撃に直面している。
シティからの頭脳流出に不安
COVID-19(新型コロナウイルス感染症)は、世界の主要都市のほとんどで人命・経済に損失を与えているが、ロンドンの場合はもう1つ、他都市には見られない運命が待ち構えている。1月1日、英国の欧州連合(EU)からの離脱(ブレグジット)である。
「私がロンドンに来たのは、ここが真にグローバルな場所だからだ。ブレグジットによって、私が抱いていた将来のバラ色の夢は確かに少し傷を負った」とリュー氏は語る。彼の会社は、ゴールドマンサックスとシンガポールの政府系ファンド、テマセクから出資を受けている。
「中期的にはシティは大丈夫だと思っているが、長期的には何とも言えない」とリュー氏は言い、シティからの頭脳流出によって、歴史の浅い自分の会社の成長が危うくなるのではないかという不安を漏らす。
パンデミック(感染の世界的な大流行)に襲われる以前から、パリとミラノがすでに人材引き抜きを狙って好待遇を提示しつつあり、それに対してロンドンは世界有数の金融センターとしての地位を守ることができるかどうかシミュレーションを重ねていた。
ブレグジットに伴う人材流出、いわゆる「ブレグソダス(Brexodus)」は予想よりも小規模だったものの、今度はシティそのものの存続をめぐる戦いに直面している。COVID-19のまん延が生んだ新たなリモートワーク文化のために、ロンドンの高層ビルは閑散としており、賑やかだったオフィス街は壊滅状態だ。
1191年以来、この金融街を統括してきたシティ・オブ・ロンドン自治体のトップであるキャサリン・マクギネス氏は、「シティについての懸念は高まっている。人々が訪れなくなることによるダメージだ」と語る。
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EUへのアクセス縮小は必至
グーグル・モビリティ・レポートによれば、2回めのロックダウン(都市封鎖)が終了したばかりの12月4日でも、オフィスを訪れる人数は54%減少、シティ内の公共交通機関の利用者数はコロナ前の水準の17%に留まっている。
さらに、英国オフィス協議会(BCO)が9月に行った調査では、英国労働者のほぼ半数が今後半年間の働き方について、オフィス出社・在宅勤務を使い分ける予定だとしている。
英国・EU双方の交渉担当者は、ブレグジット後の貿易協定を何とかまとめようとギリギリの努力を続けている。だが金融サービス担当の欧州委員は、たとえ協定が成立したとしても、シティはEUに対する従来どおりのアクセスを得られないだろうと警告している。
パンデミックにより英国経済が過去300年間で最も深刻な打撃を受けているなかで、最大の稼ぎ頭である金融サービス産業に混乱が生じるとすれば、これ以上ないほど最悪のタイミングだ。金融サービスは年間1300億ポンド(1730億ドル、約18兆円)の価値を生み出しており、2019年の納税額は760億ポンドに達する。
イングランド銀行は、EUに対する金融サービス輸出のうち、3分の1にあたる100億ポンドがブレグジットのために失われると試算している。1月以降、EUへのアクセスが限定されるとすれば、さらに100億ポンドが失われるリスクが生じる。
シティでは、こうした状況に適応し、競争が激化するなかでEUに代わる国際市場を見つけなければというプレッシャーが高まっている。
元欧州議会議員で現在は英国貴族院議員のシャロン・ボウルズ氏は、「国際市場という面では、シティがこれからも繁栄するという十分な根拠を可能な限り示すのがシティの責任だ」と話す。
「ロンドンならすべてが揃う」
一方で、将来に向けて楽観的なビジョンを語る声もある。
香港株式市場に上場するCCランドは、シティに立地する52階建てのリーデンホール・ビルディングを保有している。同社で英国内における開発事業を指揮するアダム・ゴールディン氏は、優良企業にとってのロンドンの魅力はブレグジット後にも変わらないと述べ、企業に有利な雇用法制、世界トップクラスの教育システム、歴史と文化を理由に挙げる。
とはいえ、2回のロックダウンを経て、欧州でも有数の長時間通勤という苦行を経てオフィスに戻ってくるようビル所有者が入居企業のスタッフを説得するには、さらに大きな努力が必要になるだろう。
ゴールディン氏は、「ベッドから這い出てノートパソコンの電源を入れれば仕事を始められるという(在宅勤務の)目新しさはもはや薄れてきている。しかし、わざわざオフィスに出社するなら何かメリットが欲しいという思いは、これまで以上に強まるだろう」という。