「ふつうじゃない」家族に生まれた僕は、いつしか「ふつう」を擬態するようになっていた
手に入れた〝ふつう〞
東京に出てきてからの五年間は、ほとんど帰省しなかった。佐知子から「おじいちゃんの具合が良くない」とか「おばあちゃんの認知症が進んでるの」などと連絡をもらっても、絶対に帰ろうとはしなかった。きっと、現実と向き合うのが怖かったのだと思う。
ひとたび家族を前にしてしまえば、せっかく東京で築き上げてきた「〝ふつう〞の人生を歩んでいるぼく」という自覚が崩壊し、あらためてそれが仮初(かりそめ)の姿であることを突きつけられてしまうだろう。
それなのに、いよいよ祖父が危ないという。
新幹線の車内から見える風景は、ベタッとした黒に塗りつぶされていた。
真っ黒に塗り替えられた窓ガラスに、まだなにもしていないのに疲れ切った表情を浮かべたぼくが映っている。
面倒なことになったな。
祖父を心配するでもなく、家族との再会を楽しみにするでもなく、久しぶりの帰省に対して浮かんでくるのはネガティブな感情だけだった。
「まもなく仙台、仙台です」
響き渡るアナウンスを耳にし、ため息をつく。立ち上がり、カバンを持ち上げると、大した荷物も入っていないのにやけに重く感じた。
<『しくじり家族』抜粋第2回:「おじいちゃん、明日までもたない」手話で伝える僕の指先を母はじっと見つめていた>
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