最新記事

新型コロナウイルス

コロナ対策に成功した国と失敗した国を分けたもの──感染症専門家、國井修氏に聞く

2020年9月10日(木)18時50分
小暮聡子(本誌記者)

独自のコロナ対策をする銀座の飲食店(写真は記事の内容とは関係ありません)  ISSEI KATO-REUTERS

<『人類VS感染症――新型コロナウイルス 世界はどう闘っているのか』を上梓した感染症対策の第一人者・國井修氏が、各国のコロナ対策を徹底検証。何をもって「成功」と言えるのか。日本は成功例と言えるのか?>


新型コロナウイルスの第二波が各国を侵食し始めるなか、第一波の対策から学べることは何だろうか。このほど、ジュネーブに本拠を置く国際機関で感染症対策を率いる國井修氏(「グローバルファンド〔世界エイズ・結核・マラリア対策基金〕」戦略投資効果局長)が、新著『人類VS感染症――新型コロナウイルス 世界はどう闘っているのか』(CCCメディアハウス)を上梓した。

膨大なデータと最新情報を駆使して各国の対策を検証した同書の一部を紐解きつつ、どの国の対策の何が成功で、何が失敗だったか、日本の対策をどう評価するか、本誌・小暮聡子が國井氏に聞いた。

◇ ◇ ◇


――本書がいみじくも炙り出しているように、第一波で各国が採った対策は、その国の社会的、政治的、文化的特色という、いわば「お国柄」が色濃く反映された壮大な社会的実験のようなものだった。各国の対策を振り返り、上手くいったと言える事例があれば教えてほしい。

異論はあるだろうが、私はまず中国を挙げたい。感染の発端となった国であり、当初は情報公開などに問題はあったが、一方で、中国政府が1月23日に武漢市など4都市に対して採った強制的なロックダウン(都市封鎖)という措置は特筆すべきものだ。恐らく、中国がここまでのことをやらなければ他の国は追随しなかっただろう。

武漢市の人口はニューヨークよりも多い1100万人で、これほど大規模な都市の封鎖は前例がなく、1つの社会的実験のようなものだった。都市封鎖は湖北省全域15都市に拡大され、最終的に6100万人が隔離された。

24時間態勢の厳格な封鎖式管理で、許可者以外の車の通行を禁止し、不必要な外出や会合への参加は禁止され、違反行為には一律で10日以下の拘留が科された。

あれだけの強硬策には批判もあったが、結果的に中国は爆発的な感染流行を短期に収束させ、1日当たりの感染者・死者をゼロにしたのも世界では中国が初めてだ。多くの国にロックダウンの有効性を見せたという意味では、大きな成果だった。

また、医療資源を有効活用し、感染拡大と死亡率を減らすために軽症の感染者専用の施設、いわゆる「方舟病院」を作ったのも戦略的と言える。中国の初期の調査でクラスターの8割以上は家庭内感染だった。重症でない感染者を医療機関に入院させれば満床になり重症患者が入院できなくなる、自宅隔離しようとすれば自宅隔離を守れず外出する、自宅で急速に重症化することに対応しきれないなどの問題もある。

そのため国際会議場などの大規模施設を転用した方舟病院を作り、軽症者を効率よく隔離・療養し、重症化した場合、迅速に治療や転院をした。好例として他国でも似たような施設が設置された。

また、ITの活用は中国が短期的に感染爆発から収束にもっていけた要因の1つと言われている。ビッグデータを活用して人々の行動履歴と接触履歴を掌握しただけでなく、遠隔医療が急速に拡大したことで院内感染を防ぎ、感染を恐れて医療機関に行けない人だけでなく、医療機関で診てもらえなくなった他の病気の患者などにも恩恵を与えた。

韓国が徹底した情報公開

次の成功例は韓国で、「Kー防疫モデル」として体系化され世界的に売り出されている。韓国は都市封鎖や外出禁止といった強硬な措置を取らずに、感染流行を抑え込んだ。成功した理由の1つはMERS(中東呼吸器症候群)の教訓があったことだろう。これは他のアジア諸国の成功にもつながっていると思うが、MERSやSARS(重症急性呼吸器症候群)、鳥インフルエンザなど過去に既に危機を経験して、今回、かなりの準備と対応ができていた部分もある。

特に韓国が経験したMERSの失敗とは、感染者隔離や接触者調査・追跡が不十分で、検査キットの承認が滞っている間に隔離されずにいた感染者がウイルスを拡散していたことである。情報もきちんと公開していなかったので、噂や誤情報が拡がり、かえって国民がパニックに陥ったという。

今回はその教訓から、検査体制が急速に拡充できた。2016年の段階で「感染病検査緊急導入制度」を施行し、政府の疾病管理本部が認めた民間セクターで新たな感染症の検査ができる体制にあった。

医師を含む医療従事者、検査機関、行政などの役割分担を決めて研修を行い、定められた手順に従って迅速に検査体制が拡大できるよう準備が進められていたようである。これによって、新型コロナ流行時には100を超える施設に検査協力を求めることができたといわれる。

このような体制ができていたため、新型コロナに対する韓国の検査体制の立上げ・拡大は早かった。中国がウイルスの遺伝子情報を公開するのと同時に、バイオテクノロジー企業が人工知能を使って検査キットの開発に取り掛かり、わずか10日で開発、通常は許可審査に1年半かかるところを2週間で韓国政府に承認された。

さらに、「ドライブスルー」や「ウォークスルー」方式の検査運営を考案・実施して検査体制を拡大した。

徹底した情報公開とIT技術を使った戦略的データ活用も成功の要因だろう。良いか悪いかは別にして、韓国ではプライバシーよりも防疫によって社会を守る公的な利益を優先し、接触者調査や感染者の移動ルートの公開までしている。これにより、接触者・追跡調査での感染経路不明者は1割以下という驚くような効果が示された。

新型コロナの流行は、今までは出来なかったことを各国が試行したという側面がある。それにより成果が出たものと出ないものが見えてきた。ただし、効果はあるが、個人情報の問題や人権侵害など、課題が残るものについては今後検討・改善すべきだろう。

韓国は感染者に対して、3度の食事付きで医師または看護師が常駐する「生活治療センター」を設置し、中国の方舟病院のように無症状者や軽症者を受け入れることを3月1日の段階で始めた。また、一人暮らしや高齢者がいない家庭の場合は自宅療養も可能とした。その際、自宅療養者に対しても、自治体から食料や生活必需品をそろえた「自宅隔離セット」などを無料で支給するこまやかさを持っていた。

欧米諸国ではロックダウンを強行しながら、ここまでのフォローやケアをしていない国がほとんどで、アフリカではそれらが感染者や貧困者などの生活を逼迫して死活問題にもなった。

<関連記事:西浦×國井 対談「日本のコロナ対策は過剰だったのか」
<関連記事:緊急公開:人類と感染症、闘いと共存の歴史(全文)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

FRB、一段の利下げ必要 ペースは緩やかに=シカゴ

ワールド

ゲーツ元議員、司法長官の指名辞退 売春疑惑で適性に

ワールド

ロシア、中距離弾でウクライナ攻撃 西側供与の長距離

ビジネス

FRBのQT継続に問題なし、準備預金残高なお「潤沢
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中