ラストベルトで育った若者のリアル『行き止まりの世界に生まれて』
Lost and Found
(左から)キアーとリューとザックはスケボー仲間だ PHOTO ILLUSTRATION BY GLUEKIT, COURTESY OF HULU
<貧困や連鎖する虐待などを抱えて生きるスケボー少年たちを描いた注目作>
ビン・リュー監督の『行き止まりの世界に生まれて』は、アメリカのラストベルト(さびついた工業地帯)に暮らすスケートボードを愛する若者2人を追ったドキュメンタリー映画だ。
舞台となるイリノイ州ロックフォードはリューの故郷。かつて同州第2の都市だったが、1980年代後半以降、急激に衰退した。時給が15ドルに満たない労働者は全体の半数に迫り、2010年以降は州内で最も急激に人口が減っている町の1つでもある。
そんなロックフォードの寂れた通りを、17歳のキアーと23歳のザックがスケートボードで駆け抜ける。優しく開けっ広げな性格のキアーは、死んだ父のことや、スケボー仲間で自分だけがアフリカ系であることに悩んでいる。母は自室に引きこもっていて、家に帰っても独りぼっちだ。
ザックはカリスマ性のある俺様タイプで、16歳で家を出た。恋人ニーナとの間にはまもなく第1子が生まれる予定だ。行き詰まった現在、ろくに光を見いだせない未来と格闘しながら、2人は一緒に騒ぎ、酒を飲む。
キアーはリューに、死んだ父から暴力を受けていたことを打ち明ける。「その時は泣いた?」とリューが問い掛けると、「ああ、もちろん。おまえなら泣かなかった?」とキアーは返す。「僕だって泣いた」とリューは答える。
リューと2人の間には共通点がいくつもあった。貧しい家庭で育ったこと、スケートボードが好きだったこと......。
撮影開始から1年ほどたって、リューはニーナからザックによる家庭内暴力について聞かされる。その後、ザックは子供時代、悪さをすると父親から「ぶちのめされた」と話す。「(暴力は)親から子への行動の連鎖なのだと気付かされた」と、リューは言う。「すごく納得がいった」
リューは母親に電話をし、自身が義父から受けた虐待についてインタビューしたいと申し入れる。母はリューが5歳の時に中国からアメリカに移住した。監督だけでなく自分でカメラを回して撮影していたリューが、別のカメラマンに撮らせた唯一のシーンだ。
カメラが「セラピスト」
母の表情と自分の表情を別々のカメラで追いながら、2人のトラウマに向き合い処理しようとリューは母に持ちかける。「4年前に母と義父が離婚したときも、母と話し合おうとした」と、リューは本誌に語った。「でも、あまりにつらくて15分も続かなかった。カメラの存在のおかげで、やっと対話ができた」
カメラはザックにとってもセラピストのような役割を果たした。酒浸りのザックとニーナは派手な口げんかを繰り広げる。ニーナの体には、ザックに殴られたという傷が残っている。ザックはニーナへの虐待を否定し続けるが、映画の終盤、リューにこう語る。「女を殴るのは駄目だ。だがビッチはひっぱたかなけりゃならないこともある」
<関連記事:三浦春馬さんへの「遅すぎた称賛」に学ぶ「恩送り」と「ペイ・フォワード」>
<関連記事:世界に誇るべき日本の「ウナギのかば焼き」>