最新記事

アサド政権

シリアが「積極的無策」でコロナ感染爆発を隠す理由

Inside Syria’s Secret Crisis

2020年9月4日(金)11時30分
アンチャル・ボーラ

首都ダマスカスの病院で感染予防のマスクを着ける医療従事者(3月19日) Omar Sanadiki-REUTERS

<爆発的な感染拡大が進行しているのは事実だが、アサド政権が隠蔽工作を続ける切実な裏事情とは>

シリア国内における新型コロナウイルスの公式の感染者数は、通貨リア・ポンドの公式の対米ドル為替レートと同じくらい正確だ──シリアの首都ダマスカスでは最近、こんなブラックジョークが人気を博している。

内戦と経済制裁、経済危機への対応に追われてきたシリアでは以前から、新型コロナウイルスの感染が爆発的に拡大しているとの噂がささやかれてきた。アサド政権は絶対に認めないだろうが、フォーリン・ポリシー誌はこの噂が事実であると確認。当局がかたくなに否定する背景には、なんとも皮肉な裏事情があることが分かってきた。

7月20日午後4時、高熱と呼吸困難で苦しそうな様子のアナス・アル・アブドラ(仮名)が、ダマスカス市内のムジタヒド病院に運び込まれた。12時間後、彼は死亡し、すぐに郊外の砂漠地帯にあるナジハ墓地に埋葬された。

ナジハ墓地と言えば、シリアの悪名高い刑務所で命を落とした無数の人々が埋葬されてきたといわれる場所。だが最近の衛星写真を分析すると、この地に新型コロナウイルスによる死者が多数埋葬されていることがうかがえる。

悲嘆に暮れるアブドラの遺族に向かって医師は、新型コロナに感染していたと伝えた。だが死亡証明書には肺炎による死亡としか記されておらず、家族は困惑している。

反政府陣営を支持する聖職者であるアブドラの父は情報機関に目を付けられていたため、弾圧を恐れてカタールで避難生活を送っている。だがアブドラは、危険を顧みずにアサド政権に歯向かえば残忍な処罰を受けるという不文律があるにもかかわらず、国内にとどまっていた。

彼は当局の標的ではなかった。だが結局は、シリア政府の非効率なコロナ対策のせいで殺されてしまった。

入院した先はダマスカス市内に3カ所ある新型コロナ対応の大型病院だったが、アブドラは人工呼吸器なしで呼吸ができず死に至った。彼の兄が匿名を条件にこう語ってくれた。「死者数を少なく見せたい政府に頼まれて、医師が本当の死因を隠したのかどうかは分からない。頭が混乱している。でもこれ以上は話せない。微妙な立場だから」

隣国ヨルダンは国境閉鎖

シリア政府の発表では、新型コロナ感染者数はわずか2500人ほどで、死者数は約100人。だがこの数字は実態のごく一部にすぎないと、筆者が話を聞いた10人以上のシリア人は口をそろえる。その中には、家族が新型コロナで死んだのではないかと疑念を持つ人や、怖くて感染した事実を報告しなかった人、接触者を追跡できず、患者と医療従事者の身を守る最低限の装備さえ足りない現状に不満を募らせる医療関係者などが含まれている。

【関連記事】無防備なシリア難民に迫る新型コロナの脅威──越境支援期間の終了で人道危機に拍車
【関連記事】伝えられないサウジ、湾岸、イランの新型コロナ拡大

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中