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「生きていること自体が噺家の仕事」──30年の落語家生活で柳家喬太郎が到達した円熟

2020年8月27日(木)15時40分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

蓮二 今って、ネットがものすごく身近じゃないですか。すごく助けられることも多いけれど、自分で手間暇かけて調べるというよりも、受け身での理解なので、わりと情報が流れていきやすい。

今ほど便利じゃない時代は、工夫しないと物事が動かないから、発想が飛びますよね。それと喬太郎師匠が同じ時代に生きてきた中で、つかこうへいさんや横溝正史作品とか共通の嗜好を知ると、うれしくなる。

喬太郎 高座でそんなことを言っちゃいけないと、思っていたんです。だって、僕の中にある個人的なことですから。つかこうへいやウルトラマン、金田一耕助の話なんて落語と全然関係ないじゃん、むしろ一番乖離していると思うから。

でも、新作やったりとか、若手の会で勉強しなきゃと思っていろいろやっているうちに、なんかしゃべんなきゃならなくなってくるんですよね、そうそうネタもないし、実はこんなのが好きでとか、自棄(ヤケ)になって話したりするんですよ。

古典落語やるには小唄端唄を習ってとか、そういうのを芸の裏打ちとしたほうが本当はいいでしょう。だけどやっぱり最後は胆力だったりするわけなので、開き直っちゃって、もう勝手に好きな歌、歌っちゃったりするわけですよ(笑)。そうすると、お客さんが笑う、うれしそうにしたりとか。そういう反応があると、「あ、そうだよね、同じ世代だもんね」とか「そうです、それやっぱり見てますよね」とか思うんですよね。

ことさらに現代を語れって言われるときには困っちゃうけれど、「1963年生まれの僕が、見てきた、感じてきたことでいいんだよね」って思ったら、すごく楽になった。

でも、それもそう思ったわけじゃなくて、あとから振り返ってみて思ったこと。だからきっと、弾けられるんですわ。そりゃ、流行とかファッションとかを熱く語れる人がいたらおしゃれで素晴らしいし、社会を経済を語れる人も素晴らしいし、すげえなと思うんだけれど。身の回りのことしかしゃべれない僕みたいな人でも、それは僕の身の回りのことだから、実際、今まで生きてきたことだからいいんだ。

蓮二 そこにみんな共感するんですよ。

喬太郎 己を語るか、作品を語るかみたいなことだと、なんだかものすごく語らなきゃならないみたいだけれど、普通に作品語ってたって、その人が生きてきたことが当然自分として出るわけなので。

そうすると、たとえば「芸は人なり」って言葉はそこにもあるんじゃん、と思ったりするんですよね。そこでどこまで脱線するかとか、保っていくかとか。

たとえばじゃあ、タバコって「吸う」んじゃなくて、「呑む」ものだよね、って思ったときに古典落語をやると、「ちょっとお前はん、タバコばっか呑んでないでさ」っていうのは、こっちのほうがいいよねと思うけれど、新作落語で「お前、禁煙禁煙のこのご時世に、よく今タバコなんか呑んでんな」って言ったら、ちょっとそぐわないですよね。今は、タバコは「吸う」ですよね。そこを考えるのが、プロの感性と仕事だと思うんです。

こういうふうに言葉にしちゃうと大げさになっちゃうんだけれど、噺家の仕事って極論ですけれど、「生きてることが仕事なんじゃねえか」と思いますよね。生きてること自体が仕事になってる。

まあたぶん、それってほかの仕事とかでもそうだと思うんですけれど、そんな気がしますよね。だからどう生きるかってのもあるけれど、人様にほめられるような生き方なんかできないんだけれど、でもそういうふうにしなきゃと思うと、またいびつなものになるし。

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