なぜブラジルは「新型コロナ感染大国」へ転落したのか
「冷蔵庫が空では」
ブラジルで初めて新型コロナウイルスの感染者が確認されたのは2月26日だ。実は保健省は、この2カ月近くも前から対策を練っていた。
複数の関係者によれば、同省の職員は州・地方自治体の当局者と協力しつつ、自宅待機指示の時期や方法を探ろうとシミュレーションを重ねていた。省庁を横断した連邦レベルの対応を調整する緊急委員会の司令塔が保健省だった。
ブラジルの広大な国土、公立病院の資金不足、貧困の広がりといった弱点はあった。それでも、この国の医療研究の専門家は質が高く、民間の医療セクターも優れていた。すでに中国やイタリアなどででウイルス感染が広がっていたため、警戒を強化する時間的な余裕もあった。最前線に立つ人々は、万全の状態にあると考えていた。
しかし、取材に応じた人たちによると、事態は2つの側面で破綻しはじめたという。保健省が支持していた封鎖措置にボルソナロ大統領が反対したこと、そして検査体制の拡充に向けて政府が無能だったことだ。
政権内の協議を直接知る関係者によると、閣僚らは全国的なロックダウン(都市封鎖)に同意するよう、何度となくボルソナロ大統領の説得を試みた。だが大統領は、ウイルスはじきに消滅すると信じ、保健省当局者は他国で効果を発揮していたソーシャル・ディスタンシングの必要性を誇張しているとして、拒絶したという。
ボルソナロ大統領は4月20日、ブラジリアにある大統領公邸の外で、メディアに対し「冷蔵庫が空では、人々が自宅に閉じこもることなど不可能だ」と語った。
ボルソナロ氏が経済を優先した理由について、大統領府はコメントを拒んでいる。とはいえ、ボルソナロ氏にこうした決断を強いるプレッシャーもあった。支持基盤である保守層は、ボルソナロ氏の公約である経済成長の回復を危うくさせるロックダウンに反対し、ブラジル各地の都市で抗議行動を行った。
一方で、ボルソナロ大統領の経済顧問たちは危機の規模をなかなか把握できなかったようだ。自由市場主義者であるパウロ・グエデス経済相は3月中旬、現地のCNNに対し、2020年のブラジル経済について「(新型コロナウイルスで)世界各国が不振に沈むなかで、2%ないし2.5%の成長があっても不思議はない」と語った。
この予想は大外れとなった。製造業は総崩れ、失業率は上昇している。通貨レアルは今年に入り、対ドルで約30%下落した。英金融バークレイズは5月15日、2020年のブラジルの国内総生産(GDP)成長率予測をマイナス3.0%からマイナス5.7%に下方修正した。理由として、ブラジルのパンデミック対応策が「無効」であることが挙げられている。
ブラジル経済省は現在、今年の成長率をマイナス4.7%と予想。電子メールは電子メールによる声明で、事態の深刻さに合わせて予想が変化してきた、と述べている。以前の予想についてグエデス経済相にコメントを求めたが、回答は得られなかった。