最新記事

日本に迫る医療崩壊

「命の選別」を強いられるアメリカの苦悩

WHO WILL DOCTORS SAVE?

2020年5月1日(金)18時00分
フレッド・グタール(サイエンス担当)

ニューヨーク市内で8つの病院を運営する医療機関グループ、マウント・サイナイ病院ヘルスシステムは4月初めの時点で、患者の大量流入に備えた体制づくりを大急ぎで進めていた。保健指標評価研究所の予測では、ニューヨーク州は4月の最初の2週間で病床の需要がピークに達すると予想されていた。

マウント・サイナイの緊急医療責任者であるブレンダン・カー医師は、非常時の人工呼吸器の代替手段として、睡眠時無呼吸症候群の治療に使うBiPAP(二相性陽圧呼吸)マシンの採用を進めていると言う。人工呼吸器と同様、患者の喉から強制的に酸素を送り込む装置だが、気管内に挿管したチューブではなく患者の口に当てたマスクを使って酸素を供給する。

「異なるメカニズムで作動する医療機器を転用する可能性を考えるのは、おかしなことではない」と、カーは言う。さらに、予定されていた手術が延期されたために手術室に放置されている麻酔装置も代替手段になり得ると言う。

1台の人工呼吸器を2人の患者に同時使用するという方法もある。これは17年のラスベガス銃乱射事件の際、多数の患者が一気に病院に運び込まれたため、現場の医師たちが採用した方法だ。

しかし、この方法は両方の患者を麻痺状態にした上で、人工呼吸器によって強制的に酸素を呼吸管に送り込む必要がある。そのため患者の免疫がウイルスを撃退するまで通常1~2週間の気管挿管が必要になる新型コロナには、医師は使いたがらない。その間に肺の周囲の筋肉が衰え、自力呼吸ができなくなるからだ。

最終的には人工呼吸器の供給と需要のギャップを埋めるために、医療機器メーカーや発明家が乗り出してくるはずだ。「(現在のギャップは)本当に恐ろしい。しかし、そのギャップを埋めようとする取り組みの進歩は驚くべきものだ」と、カーは言う。「ニューヨークのピークには間に合わなくても、ピークの終わり頃には光が見えるかもしれない」

マウント・サイナイ傘下の病院ではスタッフ不足に対処するために、救急部門の人員配置を再編した。普段は救急を担当しない医師を救急部門に振り向け、救急専門医たちに監督させるようにしたのだ。

同グループの病院で働く医師たちは、救える可能性が高いと思える患者に人工呼吸器を回すために、別の患者の人工呼吸器を外すという難しい選択を迫られたとき、どのように対処するのか。

カーによれば、病院全体の統一的指針は決められていない。指針を定める代わりに、患者と家族が担当医との話し合いを通じて自発的に同意することを期待すると言う。

「人工呼吸器が足りなくなったとき、事前に決めておいた指針に従って、私たちが一方的に決めるのが妥当なのだろうか」と、カーは言う。「それとも、人工呼吸器を10日間使用しても状態が改善しない患者の家族に、『いま危機的な状況にあります。現在300人が人工呼吸器を着けていて、患者は今後もっと増える見込みです。あなたの家族の今後について、慎重に話し合いたいと思います』と言うほうが妥当なのか」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

蘭ASML、四半期決算での新規受注公表中止 株価乱

ワールド

トランプ氏「BRICS通貨つくるな」、対応次第で1

ワールド

ソフトバンクG、オープンAI出資で協議 評価額30

ビジネス

経営統合の可能性についての方向性、2月中旬までに発
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ革命
特集:トランプ革命
2025年2月 4日号(1/28発売)

大統領令で前政権の政策を次々覆すトランプの「常識の革命」で世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 4
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 5
    東京23区内でも所得格差と学力格差の相関関係は明らか
  • 6
    ピークアウトする中国経済...「借金取り」に転じた「…
  • 7
    「やっぱりかわいい」10年ぶり復帰のキャメロン・デ…
  • 8
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 9
    空港で「もう一人の自分」が目の前を歩いている? …
  • 10
    フジテレビ局員の「公益通報」だったのか...スポーツ…
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 3
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果が異なる【最新研究】
  • 4
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 5
    緑茶が「脳の健康」を守る可能性【最新研究】
  • 6
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 7
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 8
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 9
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 10
    煩雑で高額で遅延だらけのイギリス列車に見切り...鉄…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀…
  • 5
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 9
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
  • 10
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中