最新記事

日本に迫る医療崩壊

「命の選別」を強いられるアメリカの苦悩

WHO WILL DOCTORS SAVE?

2020年5月1日(金)18時00分
フレッド・グタール(サイエンス担当)

病院前の仮設テントで検査を受ける医療スタッフ(ニューヨークのセントバーナバス病院) Misha Friedman/GETTY IMAGES

<人工呼吸器の数が全く足りないなか医師は何を基準に救う患者を選ぶのか、選別基準の指針作りが進められている>

新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な大流行)で死者数が増加の一途をたどるなか、世界は容易に答えの出ない難問に直面している。「医療資源の配分」だ。

医療を施さなければ死ぬと分かっている患者に医療を施さない──そう聞けば冷酷極まりない行為のようだが、現実にはそうした結果につながる決定は日常的に行われてきた。

民間の保険会社が保険申請を却下することや、トランプ米政権がオバマケア(医療保険制度改革)を事実上廃止に追いやったこともその一例なら、米政府が過去10年余り新興感染症の対策関連予算を削減してきたこともそうだ。アメリカで中国やイタリアをしのぐ世界最大の感染爆発が起き、医療崩壊の危機が目前まで迫っているのも、部分的にはこの予算削減のせいだ。

これから5月初めにかけてアメリカで第1波の感染拡大がピークを迎え、重症者がどっと病院に運び込まれれば、治療を受けられずに亡くなる患者が相次ぐ恐れがある。

問題は、自身の免疫力でウイルスを撃退できるまで、どうやって患者を生き永らえさせるかだ。そのためには多くの場合、人工呼吸器を気管挿管し、患者の肺に人工的に酸素などを送り込む処置が必要になる。

医学誌ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン掲載の分析によれば、アメリカには約16万台の人工呼吸器がある。加えて、テロや公衆衛生上の緊急事態に備えた「戦略的国家備蓄」としてのストックが8900台。米疾病対策センター(CDC)の推定によると、アメリカでは新型コロナウイルス感染症で240万〜2100万人の入院患者が出て、そのうち10〜25%に人工呼吸器を装着する必要がある。

単純計算すると、最悪の場合、1台の人工呼吸器に対して31人の患者が使用を待つことになり、最善の場合でも14人の患者に対して使用可能な人工呼吸器は10台しかないことになる。感染者が多い地域はもっと悲惨なことになるだろう。

危機のさなかに、医師は誰を救い、誰を見放すかをどう決めるのか。

生命倫理の専門家は目下、医師が公平な判断を下せるよう指針作りを進めている。人種、宗教、資産、障害の有無で決めてはならないことは誰しも認める。では何を基準にすべきなのか。

「非常に不公平な医療資源の配分は既に行われている」と、ハーバード大学の生物倫理学者ロバート・トゥルオグは言う。「貧しい無保険者は必要な医療を受けられていない。ただ表沙汰になっていないだけだ」

とはいえトゥルオグも指摘するように、人工呼吸器を装着するか否かは生死に直結する。医療資源の配分がそのまま「命の選別」になる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国最新空母「福建」、台湾海峡を初めて通過=台湾国

ワールド

トランプ氏、ベネズエラ出入港の制裁対象タンカー封鎖

ビジネス

米テスラ、カリフォルニア州で販売停止命令 執行は9

ビジネス

世界の投資家、過去3年半で最も強気 BofA調査
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を変えた校長は「教員免許なし」県庁職員
  • 4
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 5
    「住民が消えた...」LA国際空港に隠された「幽霊都市…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    【人手不足の真相】データが示す「女性・高齢者の労…
  • 8
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 9
    FRBパウエル議長が格差拡大に警鐘..米国で鮮明になる…
  • 10
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 8
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中