「命の選別」を強いられるアメリカの苦悩
WHO WILL DOCTORS SAVE?
医師が何らかの基準に従って公平な判断をしようとしても、現状では難しい。指針は州ごとに大幅なばらつきがあり、必ずしも守られていない。病院は横の連携を欠き、競争が激しいため人員・設備ともぎりぎりの状態で運営されていて、危機に対応できる余力はほとんどない。
無保険者は見放され、病院に多額の寄付をした人や優秀な弁護士を抱える人が優先されるのだろうか。
患者を救うために日々奮闘している医師と医療従事者の肩に、命の選別の責任が重くのしかかる。
「公平な基準」作りの難しさ
アメリカはこれまでも、命の選別に直面してきた。移植用臓器の配分だ。各州は、公平に臓器を配分する目的で設立されたNPO「臓器分配ネットワーク(UNOS)」に従ってレシピエント(移植患者)を決定している。UNOSの基準では、医学的に移植が適切であることに加え、臓器が提供された直後に移植を受けられることがレシピエントの条件とされる。
この条件では、臓器提供の連絡を受けたときに全米のどこであれすぐにプライベートジェットで移動できるような大富豪が優先されかねない。だがこの手の不平等をメディアが問題にすることはほとんどない。
臓器提供と違い、新型コロナの感染拡大に伴う医療資源の配分は全ての人々に劇的な影響を与えかねない。医師や病院にとっては、第2次大戦と1918年のスペイン風邪のパンデミック以来の事態だ。18年のパンデミックでは病院に呼吸困難の患者があふれ、大規模な選別が行われた。
アメリカの医療制度において、緊急時対応のルールは一貫性を欠くか、そもそも存在しない。急患があふれ医療資源が不足する状況を想定して各州が作成した「危機的状況下の医療基準」は、州ごとに異なる。特定の属性の患者を治療対象から除外している州もあり、差別的だと一部の生命倫理学者から批判されている。
特定のタイプを「集団ごと」排除する州もあると、ピッツバーグ大学医療センターの「重症者医療における倫理・意思決定に関するプログラム」の責任者であるダグラス・ホワイト教授は言う。アラバマ州は2010年、人工呼吸器を使用する対象から重度の知的障害者を除外するガイドラインを発表して批判を浴びた。「テネシー、カンザス、サウスカロライナ、インディアナの各州も除外基準を設けている」と、ホワイトは言う。
除外基準はないが、多くの生命倫理学者が公平でないと見なす基準を採用している州もある。例えばニューヨーク州のガイドラインは、できる限り多くの命を救うことを目指している。生き延びる可能性が同じなら、患者が90歳でも20歳でも優先順位は同じと規定されているが、「多くの人は理屈抜きで道徳的違和感を覚える」とホワイトは言う。
ホワイトらは危機的状況下で医療資源を公平かつ平等に配分するための指針を作成した。この指針では除外基準は使わず、4つの原則を組み合わせてスコアを算出する。
まず、できるだけ多くの命を救うこと、そしてできるだけ多くの「生存年数」を確保することが2大原則で、若い患者ほど優先順位が高い。2大原則でスコアが同じなら、医療従事者(広い意味で緊急時対応に不可欠で、リスクに直面する人々)を優先。もう1つの原則は「ライフサイクル」で、やはり若い患者の優先順位が高い。ペンシルベニア州は州内300の病院にこの指針を採用。カイザー・パーマネンテなど大手医療団体も採用を検討中だという。