最新記事

新型コロナウイルス

ウイルス発生源をめぐる米中対立と失われたコロナ封じ込め機会

2020年4月22日(水)15時15分
小谷哲男(明海大学教授・日本国際問題研究所主任研究員)

そもそも、トランプ政権は国際保健への取組を軽視して、疾病対策予防センタ−の予算を削減するだけでなく、オバマ政権が編成した国家安全保障会議のパンデミック対策チームを解体し、2005年から続いてきた中国の疾病対策管理センターへの米国人専門家の派遣も見送っていた。1月21日にワシントン州で最初の新型コロナウイルス感染者が確認された後も、米中が合意したばかりの貿易協定の履行を確実にするため、トランプ大統領は中国がウイルスに関する情報を十分提供していないことを批判せず、むしろ習近平国家主席の対応を賞賛した。

だが、政権内では、対中強硬派のナバロ大統領補佐官や、ジャーナリストとして中国のSARS対応を取材した経験のあるポッティンジャー大統領副補佐官が、新型コロナウイルスの危険性について警鐘を鳴らし、中国の情報操作を批判しつつ、大胆な感染症対策を取ることを大統領に進言していた。そして、1月30日に世界保健機関(WHO)が公衆衛生上の緊急事態を宣言し、米国内でヒトからヒトへの感染が確認されると、トランプ大統領はその翌日に中国からの入国規制を発表することに同意した。この入国規制の発表は事前の調整もなかったため、中国側を激怒させた。

「初動の遅れは中国のせい」

その後も米国内で新型コロナウイルスの感染が拡大したが、トランプ大統領は春になれば収束するとの楽観的な見通しを示し続けた。2月25日に、政権の感染症専門家が出した感染拡大に関する警告を受けて株価が急落すると、トランプ大統領は激怒し、ペンス副大統領を中心とする対策チームを発足させて市場を不安にさせる発言が政権内から出ないようにした。ムニューシン財務長官やクシュナー大統領上級顧問も感染症対策が経済に及ぼす悪影響を懸念し、ペンス副大統領は対中批判が中国からの医療器具などの調達を阻害することを恐れていた。

2月26日の時点で米国内の感染者数は15人であったが、3月16日には4226人に拡大した。トランプ大統領もようやく重い腰を上げ、欧州からの入国禁止を発表し、国家非常事態を宣言した。株価は低迷し、医療用の防護服やマスク、人工呼吸器などの不足が指摘される中、トランプ政権はコロナウイルスへの初期対応の遅れが批判された。都市のロックダウンによって経済活動が停滞するようになると、トランプ政権の経済チームは経済対策に負われ、対中強硬派が中国による情報の隠蔽を公に批判するようになった。政権の初動の遅れを中国に責任転嫁したのである。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中