最新記事

オウム真理教

地下鉄サリン25年 オウムと麻原の「死」で日本は救われたか(森達也)

2020年3月20日(金)11時00分
森 達也(作家、映画監督)

aum-mori20200320-1-4b.jpg

Photograph by Hajime Kimura for Newsweek Japan

もちろん、被害者や遺族の救済システムを整備する犯罪被害者等基本法の成立など、より良く変わった側面もある。でも被害者の聖域化が進行して、その後の北朝鮮による拉致問題なども含め、多くの諸問題に強い影響力をもたらしたことも事実だ。

ただしこれは言葉にしづらい。被害者を踏みにじるのかと糾弾されるからだ。おそらくはこの寄稿に対しても、反発は絶対にあるだろう。その覚悟はしている。

麻原長男への虚偽告訴

いずれにせよ被害と加害に対する社会のまなざしは、オウム事件によって大きく転回した。

「例えば事件後のオウムに対する世相のオピニオンリーダー的な立場に、滝本弁護士や江川紹子さん、小林よしのりさんがいた。彼らはそれぞれの肩書を持ちながら、同時にオウムに命を狙われた被害者でもあった。だからオウムを憎むことは当然です。でもそれが弁護士やジャーナリストや表現者の視点として社会に共有された」

そう言う僕に、「そういえば」と麗華はうなずく。「滝本さんが弟について虚偽告訴したことを、メディアは報道してくれないんです」

「報道はされたと思うよ」

「滝本さんが告訴して記者会見したときは大きく報道されました。でもその後、その告訴が間違いだったという報道はほぼないです。私が知る限り1社だけ、スポニチの記者の方が『僕は書きます』と言ってくれて、小さな記事になりました」

処刑後に行った記者会見の席上で滝本弁護士は、ツイッター上で自身が殺害予告を受けたとして、麻原の長男に対する告訴状を神奈川県警に提出したことも明らかにした。投稿内容やフォローやリツイートなどから、当該アカウントを長男のものと判断したという。ところがこの記者会見直後に真犯人が名乗り出て、長男は全く無関係であることが明らかになった。なぜこれほどに人権侵害のリスクが高い発表を、現役の弁護士がしたのだろう。

会見で滝本は、長男からの脅迫と断定する理由を以下のように述べている。「(前略)強烈な、宗教上強烈なものであり、破壊的カルト集団であり、かつ宗教団体であるオウムとして、麻原家として、どのようなことに出てくるか不安だから、いうことから国はテロリスト、テロリズムに対する解決の一環として、助けてください」

一部意味不明だが、だからこそ強い不安と恐怖が駆動していて、同時に麻原の血縁は危険なのだという(情緒的な)前提も感じる。少なくともこれだけは言える。記者会見だけをテレビで見た人は、そんな危険な家族に遺骨を渡すなどあり得ないと思ったはずだ。

麻原を治療して再審を行い、事件の根幹である動機を語らせるべきだ。これが「オウム事件真相究明の会」の理念だった。反発が強いことは予想していた。でも予想をはるかに超えた。多くの識者やジャーナリストから、「目的は麻原の死刑回避」「三女に利用されている」「後継団体を利するために設立された」などと激しく批判され、同様の視点で報じるメディアも少なくなかった。この時期に江川がネットで公開した批判文には、以下のような記述がある。

「彼らが、『治療』によって麻原が自発的に真実をしゃべると本気で考えているとしたら、オウム真理教やこの男の人間性について、あまりにも無知と言わざるを得ない」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米政権、イスラエル向け30億ドル武器売却を議会に通

ワールド

米軍、不法移民対応で南部国境に1140人増派 総勢

ワールド

メキシコが対中関税に同調と米財務長官、カナダにも呼

ワールド

情報BOX:米ウクライナ決裂、米議員の反応さまざま
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:破壊王マスク
特集:破壊王マスク
2025年3月 4日号(2/26発売)

「政府効率化省」トップとして米政府機関に大ナタ。イーロン・マスクは救世主か、破壊神か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 3
    イーロン・マスクのDOGEからグーグルやアマゾン出身のテック人材が流出、連名で抗議の辞職
  • 4
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 5
    米ロ連携の「ゼレンスキーおろし」をウクライナ議会…
  • 6
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 7
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 8
    日本の大学「中国人急増」の、日本人が知らない深刻…
  • 9
    【クイズ】アメリカで2番目に「人口が多い」都市はど…
  • 10
    東京の男子高校生と地方の女子の間のとてつもない教…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チームが発表【最新研究】
  • 3
    障がいで歩けない子犬が、補助具で「初めて歩く」映像...嬉しそうな姿に感動する人が続出
  • 4
    富裕層を知り尽くした辞めゴールドマンが「避けたほ…
  • 5
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天…
  • 6
    イーロン・マスクのDOGEからグーグルやアマゾン出身…
  • 7
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 8
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 9
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 10
    東京の男子高校生と地方の女子の間のとてつもない教…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 5
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 6
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 7
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 8
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 9
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 10
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中