最新記事

一帯一路

感染者ゼロ死守のインドネシア 新型ウイルス封じ込め作戦で中国関連事業にブレーキ

2020年2月27日(木)20時40分
大塚智彦(PanAsiaNews)

不動産開発の工事現場で中国人労働者が感染?

一方、首都ジャカルタ郊外の西ジャワ州ブカシ県で進む大規模都市開発事業「メイカルタ」の工事現場では中国人労働者が「新型肺炎に感染、隔離された。いやすでに死者がでている」などという情報が在留邦人の間でも飛び交った。しかし、これは保健当局が「感染の疑いがある7人(中国人6人、シンガポール人1人)の感染の有無を検査しているところ」として感染や死者の情報を否定した。

だが、建設現場で働く中国人労働者の中に春節の休暇を中国で過ごして戻ったケースもあるため、地元ブカシ県保健当局が事業主の一つである「中国建設工程(CSCEC)」に対して、当該中国人労働者を検査のため隔離するよう要請する事態にもなっている。

ジャカルタ~バンドン高速鉄道事業と同様に「メイカルタ」の工事現場でも多くの中国人労働者が働いており、中国が関連する大型プロジェクトには資材、労働者が中国から派遣されている場合が多い。

このためインドネシアの地元資材の活用、インドネシア人労働者の雇用の妨げになっているとの批判が以前からあったものの、事業主である中国側へ忖度し中国人労働者の雇用が続いていた。それが鉄道事業と同様に裏目に出た形となっている。

水力発電工事現場でも工事中断

またスマトラ島北スマトラ州のバタントル地方で進む中国とインドネシアの企業体による水力発電所建設計画も新型肺炎の影響を被っている。2022年の完工を目指して続く工事には約1200人が従事しているが、このうちの120人以上の中国人労働者が春節休暇からインドネシアに戻れない状態が続いている。このため工事は実質的に中断している状態という。

バタントルで進む水力発電所計画は近くに新種のオランウータンが確認された熱帯雨林があり、環境団体などは環境破壊とオランウータンの生息域への影響を懸念して「環境アセスメント」のやり直しなどを求めているが、事業側は「環境への深刻な影響はない」としてこうした求めにこれまでのところ応じていない。

環境団体などでは工事が実質的に中断しているこの時期に「環境への影響を再度検証するべきである」としており、新型肺炎の余波が工事の計画そのものへ影響を与えかねない状況ともなっている。

さらにスラウェシ島中部スラウェシ州モロワリ県で続く産業団地建設計画でも約3,000人の中国人労働者が感染確認の検査のために一時休業。さらに28,000人のインドネシア人労働者に対する感染の検査が必要な事態となっているという。

これまでの検査の結果、中国人労働者から感染者は確認されなかったものの、引き続き現場で作用に当たる28,000人のインドネシア人労働者への感染を継続的にモニターするなど工事の工程へ影響が生じているという。

このように国内での感染者ゼロを続けているインドネシアではあるが、感染源とされる中国に一時帰国した中国人労働者を多く抱える大型プロジェクトの現場では、休暇を中国で過ごして戻ってきた場合には検査で感染の有無を確認することを徹底している。

その一方で中国から帰国できない労働者、輸入できない工事関係資材の影響を受けて工事が中断や停滞という事態に追い込まれている。

インフラ整備を掲げるジョコ・ウィドド大統領にとってこうした事態は新型肺炎対策とともに頭の痛い問題となっている。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など


20200303issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年3月3日号(2月26日発売)は「AI時代の英語学習」特集。自動翻訳(機械翻訳)はどこまで使えるのか? AI翻訳・通訳を使いこなすのに必要な英語力とは? ロッシェル・カップによる、AIも間違える「交渉英語」文例集も収録。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 10
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中