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新型肺炎で中国の調査報道は蘇るか

2020年2月13日(木)18時00分
林毅

◇ ◇ ◇


──ポータルサイトなど、ネットメディアが新聞社出身の記者を雇用して調査報道に注力していた時期もあったと思う。みなオンラインでニュースを見る時代になっている割には今回の新型肺炎報道に関しては彼らの存在感は薄い気がする。

まず、ポータルでニュースを見ること自体、以前に比べると随分減った。「ポータルサイトの時代」は既に中国では終わったと言える。とはいえ例えば数日前にテンセント系の非営利組織でノンフィクション記事を掲載する「谷雨実験室」が新型肺炎に関するフェイクニュースを流したとして当局に呼び出されるなど、ぎりぎりの挑戦をしている人たちがいないわけではない。しかし指摘の通り全体としては目立たないのが実際のところだと思う。

中国では時事ニュースの取材を行うためには政府から特別の認定を受ける必要があるが、民間のネットメディアはそれを許されていない。しかしネットメディアも何が時事ニュースにあたるのか詳細には決まっていないことを利用して、その規制をすり抜けて報道し、当局側がその抜け穴を潰し......というイタチごっこの果てに、今では規制でがんじがらめになってしまっている。またネット企業側も成熟し、昔ほど政治的なリスクをとれないという事情もあるだろう。

──2011年に浙江省温州で起きた高速鉄道事故の頃には、SNSを駆使した報道(注:多くの記者や市民が事故現場の隠蔽の様子などをSNSの微博で伝え、当局への抗議が繰り返された結果、事態の隠蔽を図った鉄道省が最終的に組織解体に追い込まれた)が中国の次代のジャーナリズムを担うと期待された時期もあった。

当時人々が自分の見たものを記録し報道する「市民ジャーナリズム」という言葉が注目を浴びた。今回もまた、市民記者として武漢入りし、現地から映像などを送っている陳秋実氏が注目されている(注:陳氏は2月6日以降消息を絶っており、拘束された、あるいは強制隔離されたという情報が飛び交っている)。その現在と可能性についてどう考えるか。

確かに10年前ごろには市民ジャーナリズムが流行し、ブログや微博でその意義について語られた時代があった。しかしこの概念は近年あまり話題にならなくなった。中国でこうした行為に圧力がかかったということもあるが、これは中国だけでなく世界的にも同じ傾向だと思う。問題は2つある1つは報道機関と違い厳格なファクトチェックが難しいこと。クオリティにも当然ばらつきがある。また同時にこうした「報道」にはそれを持続させるための仕組みが欠如していて、一過性に終わりがちだ。

ただし、個人による発信にまったく意義がないと言っているのではない。多くのプロの記者が前線にいるとはいえ、記録し報道できる量は限られている。例えば今回の件でいえば湖北省、あるいは武漢に住む普通の人々が日々を暮らす中で何を見てどう感じたのか、そういった1人称の叙述も非常に貴重な記録のひとつだと思う。

それらコンテンツとしての個人の記録を拡散力があるプラットフォームが事実確認した上で人々に紹介していくということができれば、それはまた別の形でのメディアと言っていいのではないだろうか。ただし、これは上で述べている市民ジャーナリズムとは違う。

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