モサド元長官が日本人へ語る「組織を率いる心得」
その選択は決して突飛なものではない。現在、スパイ工作にはサイバー攻撃が欠かせなくなっているからだ。これまでスパイが盗み出してきた機密情報や知的財産などはほとんどがデジタル化され、サーバーなどに保存されている。人々のコミュニケーションは激変し、今ではほとんどがパソコンやスマートフォン、携帯電話などで行われている。そうしたデータに秘密裏にアクセスできれば、スパイが必要な情報はほとんど手に入る時代になった。スパイ工作においてサイバー空間での活動も必要不可欠になっているのは、当然だと言える。
例えば最近、日本でも三菱電機へのサイバー攻撃がニュースになった。中国政府系サイバー集団に狙われた同社は、インフラや軍事などの重要情報は漏れていないと発表しているが、退職者や就職希望者など人材の情報は盗まれてしまったという。もちろん三菱電機ほどの企業になれば、サイバーセキュリティー対策は十分に行なっているが、それを上回る攻撃をしてくるのが中国政府系サイバー集団の実力である。今後は情報が漏れた有能な人材を取り込もうとするスパイ工作に注意が必要になるだろう。
筆者の新著『世界のスパイに食い物にされる日本』(講談社+α新書)では、まさにこうした現代のスパイの実態や、各国のスパイ工作について詳しく紹介している。三菱電気のケースでは、サイバー攻撃とスパイ工作がハイブリッドで行われる可能性が考えられる。とにかく、これが今のインテリジェンス活動の現実なのだ。
少し話が逸れたが、パルド前長官は、実のところ引退前から、サイバーセキュリティーに進む構想は練っていたと言う。「セキュリティー・システムのアイデアが固まってから、軍などの仕事を終えた、経験豊富でイスラエルでもベストと言える人材を集めた。そこからシステム開発に2年を要したがね」
イランの核燃料施設をサイバー攻撃
当初、抱えるハッカーらの数は30人に上ったという。その面子は、モサドやイスラエル軍の「8200部隊」出身者などだった。8200部隊は、イスラエルの国家戦略として行われるサイバー工作を専門に行っている、世界屈指の精鋭ぞろいのハッカー集団である。
この8200部隊は、モサドとともに、2009年にイランのナタンズ核燃料施設をサイバー攻撃で破壊した米政府主導の「オリンピック・ゲームス作戦」(通称、スタックスネット)に協力している。あまりにも有名なこのスタックスネットは、サイバーセキュリティー史で最も有名なケースだと言える。
パルドの立ち上げた会社「XMサイバー」は、世界各地で「銀行や証券取引所、自動車産業、病院、インフラ産業へもシステムを提供している。詳細は言えないが、各地で政府にも導入している」と、パルドは語る。
では同社が提供するサイバーセキュリティー対策とはどんなものなのか。
パルドのシステムは「HaXM(ハクセム)」と呼ばれ、軍事シミュレーションで使われる手法を応用する。要するに、実際に起きるサイバー攻撃を事前にシミュレーションすることで、その脅威への対策を行おうというものだ。しかもすべて自動で機能し、24時間、365日、休むことなく対策を続ける。