棘は刺さったまま:米中貿易第一段階合意
2019年5月10日だったと思うが、劉鶴副首相が感情を露わにして協議結果に激怒したのは、まさに、この「中国が約束を実行したか否かを、アメリカが監督する」という文言だった。だから決裂したのに、今回は、それがどうやら入っているらしいが、そのことには答えていない。
構造改革に関しては、中国は承諾するはずもないので、それはまた論じるとしても、この「監視体制」と言うか「監督メカニズム」に関して、中国はイエスと言うはずがないのである。
しかし、たとえばアメリカ時間12月12日付のウォール・ストリート・ジャーナルはTrump Agrees to Limited Trade Deal With Chinaという見出しで、"Should Beijing fail to make the purchases it has agreed to, original tariff rates would be reimposed. Trade experts call that a "snapback" provision, though the president didn't use that term, Mr. Pillsbury said."(概訳:北京が約束した購入をしていなければ、関税は元通りに戻す。貿易の専門家はそれを「スナップバック」条項と呼んでいる。もっとも、大統領はこの言葉を使っていないが。ピルズベリー氏が言った)と書いてある(ピルズベリー氏=大統領顧問)。
つまり、監督メカニズムは存在するということになる。
この「棘」が隠されているのだ。
中国はかつて、「国家の尊厳にかかわる問題だ」と激怒していた。これが解決されているとは思いにくい。
一時的な休戦に過ぎない「第一段階」合意
このことからも分かるように、ひと息ついたからと言って、喜ぶのは早い。
トランプ大統領としては、来年秋の大統領選のためのポーズであって、こんなことで米中貿易戦争あるいは米中貿易覇権競争が終わるはずもない。まだファーウェイの問題も棘が刺さったままだし、ハイテク戦争に至っては、今後さらに激しくなるだろうことが考えられる。
11月5日のコラム<習近平「ブロックチェーンとデジタル人民元」国家戦略の本気度>に書いたように、今後は「デジタル人民元」の領域においても、熾烈な米中競争が待っていることだろう。この戦いに入ったら、アメリカは中国打倒に死力を尽くすはずだ。暗号競争は5Gどころの騒ぎではない。その戦いは目の前に迫っている。
なお、本コラムは中国問題グローバル研究所に載せた論考を転載した。
[執筆者]遠藤 誉
中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(11月9日出版、毎日新聞出版 )『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。