最新記事

中東

激動のレバノン、大規模デモと経済危機の背景とは

2019年11月10日(日)13時22分

レバノンは10月半ばから、首都ベイルートその他の都市で反政府デモによる混乱が広がり、サード・ハリリ首相が辞意を表明する事態となった。写真はベイルートでのデモ(2019年 ロイター/Andres Martinez Casares)

レバノンは10月半ばから、首都ベイルートその他の都市で反政府デモによる混乱が広がり、サード・ハリリ首相が辞意を表明する事態となった。既に危機に陥っていた経済への信頼感は揺らいでいる。

デモ参加者の怒りは、1975─90年の内戦以来、国を支配している宗派主義の政治家の腐敗に向けられている。

経済圧迫する巨大債務

レバノンはほとんど輸出せず、輸入に多くを頼っている。非効率性、浪費、汚職が原因で債務負担は世界最悪のレベルだ。

10年前は年8─9%の成長を続けていたが、シリア内戦や中東全域の混乱、海外からの資本流入の減少などにより急減速。ここ数年1─2%で推移した後、今年はゼロ成長に落ち込んだ。

国内総生産(GDP)が550億ドルなのに対し、国家債務はその約150%の850億ドルに達している。

外貨調達源が少ないレバノンは、海外移住者からの国内送金により輸入代金や財政赤字の穴埋めを続けてきた。しかし金利が上昇を続けているにもかかわらず、そうした資金環流は減速。ドルが不足し、レバノンポンドはここ数カ月間に出来上がった闇市場で下落している。ポンド安は物価上昇につながり始めた。

財政支出の大半は、債務返済と肥大化した官公庁の経費によって吸い取られている。

インフラはお粗末で、毎日のように停電が起こり、コストの高い民間発電によってその穴を埋めている。国有の携帯電話事業者は料金が高い。

35歳未満の失業率は37%。何年も前から赤字抑制のための改革が叫ばれているが、政府は手をこまねいている。

宗派優先の腐敗政治

反政府デモの参加者らは、政治エリート層が商売と政治を結ぶ恩顧主義の網を通じ、国家資源を使って私腹を肥やしていると批判している。

1人の統治者が強権を振るう多くのアラブ諸国と異なり、レバノンは多様な宗派を代表する多くの指導者や政党が混在している。

政治ポストは公認の18宗派に対する割り当て制。国民議会はキリスト教徒とイスラム教徒が半々、首相はイスラム教スンニ派、大統領はキリスト教マロン派、国民議会議長はイスラム教シーア派と定められている。

この制度が権力における階級制を恒久化し、国家よりも自らの利益を優先する政治家の行動を可能にしているというのが、デモ参加者らの主張だ。参加者らはエリート層の排除だけでなく、制度そのものの改革を求めている。

レバノンは分断した政治体制ゆえに外国からの干渉を受けやすく、そのことが長年にわたり国内の危機をあおってきた。

シリア軍がレバノンから撤退した2005年以来、同国の政治紛争の多くはイランが後押しするシーア派組織ヒズボラと、米国および湾岸アラブ諸国連合が支援する勢力との対立を反映したものとなっている。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

独クリスマス市襲撃、容疑者に反イスラム言動 難民対

ワールド

シリア暫定政府、国防相に元反体制派司令官を任命 外

ワールド

アングル:肥満症治療薬、他の疾患治療の契機に 米で

ビジネス

日鉄、ホワイトハウスが「不当な影響力」と米当局に書
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:アサド政権崩壊
特集:アサド政権崩壊
2024年12月24日号(12/17発売)

アサドの独裁国家があっけなく瓦解。新体制のシリアを世界は楽観視できるのか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 2
    おやつをやめずに食生活を改善できる?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    【駐日ジョージア大使・特別寄稿】ジョージアでは今、何が起きているのか?...伝えておきたい2つのこと
  • 4
    「私が主役!」と、他人を見下すような態度に批判殺…
  • 5
    「たったの10分間でもいい」ランニングをムリなく継続…
  • 6
    トランプ、ウクライナ支援継続で「戦況逆転」の可能…
  • 7
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 8
    村上春樹、「ぼく」の自分探しの旅は終着点に到達し…
  • 9
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 10
    映画界に「究極のシナモンロール男」現る...お疲れモ…
  • 1
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 2
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──ゼレンスキー
  • 3
    村上春樹、「ぼく」の自分探しの旅は終着点に到達した...ここまで来るのに40年以上の歳月を要した
  • 4
    おやつをやめずに食生活を改善できる?...和田秀樹医…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
  • 7
    ウクライナ「ATACMS」攻撃を受けたロシア国内の航空…
  • 8
    【クイズ】アメリカにとって最大の貿易相手はどこの…
  • 9
    「どんなゲームよりも熾烈」...ロシアの火炎放射器「…
  • 10
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 4
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼ…
  • 5
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達し…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田…
  • 8
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 9
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
  • 10
    2年半の捕虜生活を終えたウクライナ兵を待っていた、…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中