【全文公開】韓国は長年「最も遠い国」だった(映画監督ヤン ヨンヒ)

KOREA, MY OTHER “HOMELAND”

2019年10月8日(火)17時40分
ヤン ヨンヒ(映画監督)

事務所のキッチンに立つのが楽しそうな男性スタッフがおしゃれなカフェ顔負けのブランチを用意したり韓国料理を作ってくれたり。私の中の古い「儒教男子像」も日々アップデートされている。

ある日、日本での「嫌韓」と「ヘイトスピーチ」が話題になった。スタッフは「ヤン監督は大げさです、常識ある日本人がそんなはずはない」と笑っていた。「韓国にも愛国右翼が光化門近くで『文在寅は共産主義者だ!』とか言いますが、誰も相手にしません。いろんな人がいますよ」くらいの反応だった。

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09年に他界した筆者の父ヤン・コンソン COURTESY YANG YONGHI

しかし事務所の隣にあるサムギョプサル屋さんで夕飯中、テレビのニュース番組が日本での嫌韓について報じた。実例としてDHCテレビ提供の『真相深入り! 虎ノ門ニュース』が紹介され出演者たちのコメントが字幕付きで流れると、わがスタッフたちの表情が変わった。「『従軍慰安婦』は娼婦である」「韓国の反日教育」「韓国人は怒りをコントロールできない」と力説する出演者たちが、ジャーナリスト、ベストセラー作家、国会議員、大学教員だと説明するとスタッフたちは首を横に振りため息をついた。

意外にも腹を立てる人は皆無。他のテーブルの客たちも「あんな言葉がテレビで流れるなんて」とあきれた様子だった。「電車に乗っても、本屋に行っても、病院の待合室のテレビの音が聞こえても息苦しくなる」と私が言うと、スタッフが「かつての韓国メディアも嘘ばっかりでひどかったです」と苦笑いした。同じことを言っていた友人を思い出した。

親しい友人チョ・ギホ(仮名)は、李明博(イ・ミョンバク)政権時代、テレビ報道プログラムの制作陣だった。ある政治特集番組の放送当日、局の上層部に呼ばれたという。既に「検閲試写」していた幹部たちは政府に批判的なディレクターとプロデューサーを罵倒し、直ちに要求どおり編集し直せとすごんだ。

「できません!」と拒絶したプロデューサーとディレクターは部屋に閉じ込められ、放送を数時間後に控えた番組は、担当者が排除された状況で半分以上が改ざんされた。チョと同僚は番組放送終了後に部屋から出された。政権にこび、忖度する上層部と大げんかをし、辞表を出した。息子が上司に逆らって放送局を辞めたと知った母親は数日間寝込んでしまったという。

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北朝鮮への「帰国」が決まった直後の3人の兄と6歳の筆者(71年に大阪市内の写真館にて撮影) COURTESY YANG YONGHI

被害と加害の歴史を共に後世へ

その後の朴槿恵(パク・クネ)政権はメディアコントロールをさらに強化した。韓国の高度経済成長を築いた大統領とされる父親の朴正煕(パク・チョンヒ)を英雄とし、父と娘を偶像化しようと躍起だった。

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