【全文公開】韓国は長年「最も遠い国」だった(映画監督ヤン ヨンヒ)
KOREA, MY OTHER “HOMELAND”
車椅子に座った記者も(福祉番組ではなく)ニュース番組で「普通に」解説している。統計やアンケートを見せるときは、リサーチ会社名、調査対象、調査期間、調査地域などの詳細を画面全体で抜かりなく示すことが法律で定められている。調査報道番組、トーク番組が多く、記者や専門家はダイレクトな言葉で意見をぶつけ合う。日本にいるときも米CNN、英BBCと並んで韓国KBSなどを見る理由である。
文在寅(ムン・ジェイン)政権発足以降、メディアでは「共に生きる」「公平な社会」という言葉をよく聞くようになった。男尊女卑が顕著だった韓国で市民の意識改革のために本腰を入れる行政の取り組みは、テレビ番組の合間に流れる公共広告にもよく表れている。
DVに悩む女性には「夫の監視、罵りも暴力!」と、韓国人男性と結婚し暮らす外国人女性には「言葉の壁や生活習慣の違いについて独りで悩まないで!」と相談窓口の電話番号を示す。
セクハラ、盗撮については「犯罪です! 盗撮映像を見るのも犯罪への加担!」と、未成年者への買春については大人の男性たちのモラルを問う構成。数十秒だが、加害者側をフォーカスするドラマ仕立てで、イラストやアニメなどを駆使してよくできている。
文化体育観光部所管の韓国映画振興委員会は、助成金を与える全ての映画制作チームに対し「セクハラ防止レクチャー」への参加を義務付けている。わが『スープとイデオロギー』チームもみっちり2時間、映画制作現場での注意点と対策について講義を受けた。
日本の「嫌韓報道」への反応
8月、脱北しソウルで暮らす母と子がアパートの部屋で餓死状態で発見されたというニュースが報じられた。母親は行政の担当者が訪ねても拒絶するほどひどい鬱状態だったらしく、冷蔵庫も空っぽになった部屋に子供と一緒に閉じ籠もっていたという。
脱北者支援の専門家、弁護士、番組司会者が母子の生活状況を分析しながら、行政がなぜ把握できなかったかを議論していた。1時間の特集番組の最後まで「自己責任」という言葉は出てこなかった。「共に生きる」と言いながら私たちはとても冷たいんじゃないか、プライバシー侵害を口実にせず異変を感じたらドアをこじ開けるべきじゃないかと真剣だった。
「悲しいニュースだけど、番組内の議論が親身だね」と私が言うと「人の命の問題ですから当然ですよ」とわがスタッフが答えた。
事務所に出勤したスタッフがブランチを用意してくれるのが日課になった。10年前ソウルに長期滞在したときに比べテーブルに並んだ食材を見ても生活の質の向上が実感できる。果物や野菜がとても安く、卵や乳製品の価格が日本と同じくらいの印象。有機栽培の食材が人気で、小麦粉や天然酵母にこだわるベーカリーが増え、大型スーパーには世界中のビールや調味料が並ぶ。