【全文公開】韓国は長年「最も遠い国」だった(映画監督ヤン ヨンヒ)

KOREA, MY OTHER “HOMELAND”

2019年10月8日(火)17時40分
ヤン ヨンヒ(映画監督)

車椅子に座った記者も(福祉番組ではなく)ニュース番組で「普通に」解説している。統計やアンケートを見せるときは、リサーチ会社名、調査対象、調査期間、調査地域などの詳細を画面全体で抜かりなく示すことが法律で定められている。調査報道番組、トーク番組が多く、記者や専門家はダイレクトな言葉で意見をぶつけ合う。日本にいるときも米CNN、英BBCと並んで韓国KBSなどを見る理由である。

magSR191008yangyonghi-7.jpg

HARRY CHUN FOR NEWSWEEK JAPAN

文在寅(ムン・ジェイン)政権発足以降、メディアでは「共に生きる」「公平な社会」という言葉をよく聞くようになった。男尊女卑が顕著だった韓国で市民の意識改革のために本腰を入れる行政の取り組みは、テレビ番組の合間に流れる公共広告にもよく表れている。

DVに悩む女性には「夫の監視、罵りも暴力!」と、韓国人男性と結婚し暮らす外国人女性には「言葉の壁や生活習慣の違いについて独りで悩まないで!」と相談窓口の電話番号を示す。

セクハラ、盗撮については「犯罪です! 盗撮映像を見るのも犯罪への加担!」と、未成年者への買春については大人の男性たちのモラルを問う構成。数十秒だが、加害者側をフォーカスするドラマ仕立てで、イラストやアニメなどを駆使してよくできている。

文化体育観光部所管の韓国映画振興委員会は、助成金を与える全ての映画制作チームに対し「セクハラ防止レクチャー」への参加を義務付けている。わが『スープとイデオロギー』チームもみっちり2時間、映画制作現場での注意点と対策について講義を受けた。

magSR191008yangyonghi-8.jpg

大阪の自宅前にて母カン・ジョンヒと幼き日の筆者 COURTESY YANG YONGHI

日本の「嫌韓報道」への反応

8月、脱北しソウルで暮らす母と子がアパートの部屋で餓死状態で発見されたというニュースが報じられた。母親は行政の担当者が訪ねても拒絶するほどひどい鬱状態だったらしく、冷蔵庫も空っぽになった部屋に子供と一緒に閉じ籠もっていたという。

脱北者支援の専門家、弁護士、番組司会者が母子の生活状況を分析しながら、行政がなぜ把握できなかったかを議論していた。1時間の特集番組の最後まで「自己責任」という言葉は出てこなかった。「共に生きる」と言いながら私たちはとても冷たいんじゃないか、プライバシー侵害を口実にせず異変を感じたらドアをこじ開けるべきじゃないかと真剣だった。

「悲しいニュースだけど、番組内の議論が親身だね」と私が言うと「人の命の問題ですから当然ですよ」とわがスタッフが答えた。

事務所に出勤したスタッフがブランチを用意してくれるのが日課になった。10年前ソウルに長期滞在したときに比べテーブルに並んだ食材を見ても生活の質の向上が実感できる。果物や野菜がとても安く、卵や乳製品の価格が日本と同じくらいの印象。有機栽培の食材が人気で、小麦粉や天然酵母にこだわるベーカリーが増え、大型スーパーには世界中のビールや調味料が並ぶ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

FRBは利下げ余地ある、中立金利から0.5─1.0

ビジネス

米ワーナー、パラマウントの買収案を拒否 ネトフリ合

ビジネス

企業は来年の物価上昇予測、関税なお最大の懸念=米地

ビジネス

独IFO業況指数、12月は予想外に低下 来年前半も
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    【銘柄】「日の丸造船」復権へ...国策で関連銘柄が軒…
  • 8
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 9
    【人手不足の真相】データが示す「女性・高齢者の労…
  • 10
    「住民が消えた...」LA国際空港に隠された「幽霊都市…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中