最新記事

米韓関係

トランプと文在寅、もうひとつの「決裂」リスク

2019年8月1日(木)15時40分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

19年6月に韓国・青瓦台で共同会見したトランプと文在寅 Jacqulyn Martin/REUTERS

<人権弁護士の出身として知られる文在寅大統領だが、北朝鮮の人権問題には目を向けようとしない>

米国のトランプ政権と韓国の文在寅政権は今、様々な不協和音を抱えている。

たとえばトランプ大統領は26日、韓国や中国など比較的裕福な国々が世界貿易機関(WTO)で「発展途上国」として優遇措置を受けていることを不服とし、WTOが制度を見直さなければ米国はこうした国々の「発展途上国」扱いをやめると警告した。

安全保障面では、23~24日に訪韓したジョン・ボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)が韓国政府に対し、防衛費分担金の大幅増額を要求したと噂されている。その総額は、50億ドル。2月に妥結した現行の分担金(約8億7800万ドル)の5.7倍にもなる額であり、韓国として簡単に飲める数字ではない。

一方、北朝鮮との対話の姿勢を保っている点では、両者の姿勢は一致する。ただ、韓国が北朝鮮との経済協力に早期に踏み切りたいのに対し、米国はあくまでそれを認めないなど、ここでも大きな相違点がある。

そしてここへ来て、対北朝鮮でもうひとつ、文在寅政権とトランプ政権の違いが浮かびある兆候が見えてきている。

米国務省は今月、「第2回宗教の自由を促進するための閣僚級会議」を開催。17日にはその一環として、17カ国・27人の宗教弾圧被害者たちがホワイトハウスに招待され、トランプ氏と話をする機会を持った。

その中には、2008年に北朝鮮を脱出したチュ・イルリョン氏もいた。チュ氏はトランプ大統領に「私のおばの家族4人は政治犯収容所にいる。おばの義父がキリスト教信者だとの理由で、未明に突然連行された。私のおい(または、めい)は家族全員処刑された」と説明。

さらに、「北朝鮮の金正恩(朝鮮労働党委員長)から迫害されているにもかかわらず、北朝鮮の住民は礼拝を続けようと努力している。数週間前も北朝鮮の地下教会で3人が集まり、韓国のために祈る写真をもらった」と語った。すると、トランプ大統領は握手を求め、「分かった。私が問題提起する」と答えた。

参考記事:北朝鮮女性、性的被害の生々しい証言「ひと月に5~6回も襲われた」

これをひとつのパフォーマンスとして見るなら、トランプ氏は以前にも同じようなことをやっている。ただ、今回のケースが少し違うのは、米政府系のボイス・オブ・アメリカ(VOA)が、米国の北朝鮮人権運動のリーダーたちからこの「パフォーマンス」に対する賞賛の声を集め、報道していることだ。これは、北朝鮮が非核化対話で前向きな対応をしない場合、金正恩党委員長が最も嫌う人権問題で圧迫するという、ひとつのメッセージであると見るのは考え過ぎだろうか。

個人としては「人権派」とは言い難いトランプ氏だが、米政界ではこの間にも、北朝鮮における凄惨な人権侵害について様々な言及と取り組みがなされてきた。金正恩氏が言うことを聞かないとなれば、人権問題が圧力のカードとして使われるのはごく自然なことだ。

一方、人権派弁護士の出身として知られる文在寅大統領だが、金正恩氏から嫌われるのを恐れるあまり、北朝鮮の人権問題に目を向けようともしていない。

米朝の非核化対話が足踏みを続ける中、北朝鮮の人権問題を巡って米韓が立場の違いを鮮明にする可能性は、日に日に高まっていると言えるのだ。

参考記事:「何故あんなことを言うのか」文在寅発言に米高官が不快感

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。

dailynklogo150.jpg



202404300507issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年4月30日/5月7日号(4月23日発売)は「世界が愛した日本アニメ30」特集。ジブリのほか、『鬼滅の刃』『AKIRA』『ドラゴンボール』『千年女優』『君の名は。』……[PLUS]北米を席巻する日本マンガ

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシア、軍事演習で戦術核兵器の使用練習へ 西側の挑

ワールド

再送イスラエル軍、ラファ空爆 住民に避難要請の数時

ワールド

再送イスラエル軍、ラファ空爆 住民に避難要請の数時

ワールド

欧州首脳、中国に貿易均衡と対ロ影響力行使求める 習
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが...... 今も厳しい差別、雇用許可制20年目の韓国

  • 2

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表...奇妙な姿の超希少カスザメを発見、100年ぶり研究再開

  • 3

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 4

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 5

    「真の脅威」は中国の大きすぎる「その野心」

  • 6

    ウクライナがモスクワの空港で「放火」工作を実行す…

  • 7

    メーガン妃を熱心に売り込むヘンリー王子の「マネー…

  • 8

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 9

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元…

  • 10

    単独取材:岸田首相、本誌に語ったGDP「4位転落」日…

  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 5

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 10

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中