最新記事

事件

捜査官に硫酸かけた犯人を捜せ インドネシア大統領、関与が疑われる警察に再捜査指示

2019年7月23日(火)18時25分
大塚智彦(PanAsiaNews)

大統領直属の汚職撲滅委員会(KPK)の捜査官ノフェル・バスウェダン氏は何者かに硫酸をかけられ左目を失明した。Antara Foto Agency _ REUTERS

<大統領直属の汚職捜査官が硫酸をかけられ左目を失明した事件。背後には汚職に関わったとされる国家警察の関与があるといわれ、2期目を迎える大統領はうやむやのうちに幕引きしようとする警察に再捜査を厳命した>

インドネシアのジョコ・ウィドド大統領は国家警察に対して7月20日、大統領直轄の汚職撲滅委員会(KPK)の捜査官襲撃事件について、再捜査と犯人逮捕を命じた。これは7月17日に国家警察のティト・カルナフィアン長官がこれまでの捜査結果として「犯人には3人の関与が疑われる」としながらも犯人の特定、逮捕に至らなかったとの捜査結果を発表したことを受けて、大統領として捜査のやり直しを直接命じたもので、異例の「捜査指揮」となった。

問題の事件は2017年4月11日、イスラム教のモスク(祈祷施設)での礼拝を終えて自宅に戻る途中のKPK捜査官ノフェル・バスウェダン氏をバイクに乗った2人組が襲撃したもので、硫酸とみられる化学薬品を顔面に浴びせて重傷を負わせて逃走。バスウェダン氏はシンガポールに搬送されて緊急治療を受けたものの左目を失明した。

事件はバスウェダン氏が担当していた複数の汚職事件の関係者の関与が疑われた。なかでももっとも社会的影響が大きく、インドネシア史上最大の汚職事件といわれた電子身分証明書(e-KTP)発行事業に関わる贈収賄容疑者の関与が最有力視された。同事件で捜査の手が及びそうになった政界関係者が警察関係者を使って実行した襲撃との見方が当初から有力だった。

国家警察が特別捜査班で集中捜査

こうした警察関係者の関与濃厚という背景から犯人逮捕、真相解明は実質的に困難といわれていた。しかし捜査遅延という世間の批判をかわすために2017年1月に国家警察は真相究明特別捜査班を結成し、半年間の期限を設けて徹底的な捜査を進めてきた。

警察官52人、専門家7人、KPK関係者6人で構成された特別捜査班は参考人4人などを聴取してきたがいずれも証拠不十分と判断。さらに「襲撃事件は(被害者の)バスウェダン捜査官の過剰な権力行使が背景にある」との見方を示すなど、捜査そのものへの信頼性と独立性が問題視されていた。

事件には発生当初から政治家の指示を受けた警察関係者の関与が疑われており、真相解明が警察の闇の部分に踏み込む可能性があることなどから当初から予想されていた「迷宮入り」が現実となったのが国警長官の発表だった。

e-KTP汚職事件では国会議長だった与党ゴルカル党のスティヤ・ノファント党首(当時)が2017年11月19日に逮捕され、2018年4月24日に禁固15年の有罪判決が言い渡され現在服役している。

ノファント議長は逮捕前に身内に「警察幹部の配慮で逮捕されない」と伝えるなど警察幹部との密接な関係を吹聴していたとされ、KPK捜査官襲撃事件とのつながりも取り沙汰されたこともある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 10
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中