最新記事

軍事

徴兵制:変わる韓国、復活するフランス、議論する日本──日本における徴兵制(1)

2019年7月23日(火)11時45分
尾原宏之(甲南大学法学部准教授) ※アステイオン90より転載

Im Yeongsik-iStock


<2018年、韓国では「良心的兵役拒否」を無罪とし、代替服務制を設けることになった。その一方で2017年、フランスでは徴兵制復活を公約に掲げたマクロン大統領が当選している。世界と日本における徴兵制の動きや議論について、尾原宏之・甲南大学准教授が論じる。論壇誌「アステイオン」90号は「国家の再定義――立憲制130年」特集。同特集の論考「『兵制論』の歴史経験」を4回に分けて全文転載する>

徴兵制──東京・ソウル・パリ

若い友人に、カン・スンジュン君(仮名)という日本在住の韓国人がいる。三五歳になるカン君はとにかく韓国社会に批判的で、酒を飲むと産経新聞顔負けの発言が飛び出す。

一〇代のころ、カン君は韓国での体罰教育に耐えられずイギリスに渡り、そこで長期滞留した。その後どうしたものか東京に流れつき、私立大学の日本史学科に入学する。卒業論文のテーマは、戦前日本の徴兵制である。日本の徴兵制は、韓国徴兵制の祖型と目されることがある。カン君は筋金入りの軍隊嫌いで、どうにかして兵役を免れようと悪戦苦闘していた。卒論テーマの選定はこのことに関係している。

その後カン君は日本人女性と結婚し、そのまま日本で就職した。韓国語、日本語、英語のトリリンガルなので、外資系企業の東京拠点で重宝される。結果として、厳格なことで知られる韓国の徴兵制をすり抜けることに成功しつつある。

注意深くカン君の周囲を見わたすと、兵役を忌避する韓国人青年が同じように日本人女性と結婚して軍隊に行かなかった事例が散見される。国境を超えた愛を疑うつもりはまったくないし、愛情以外の動機がある結婚が悪いとも思わない。だが、もし韓国に徴兵制がなかったら、彼らの人生は現在と同じだったろうかとつい考えてしまうのも事実である。

カン君は、兵役を拒否して投獄された経験を持つ人、反戦活動家、軍隊に行きたくないので外国に居続けている青年などと緩やかなネットワークを作っている。そのなかには、フランスへの亡命に成功した韓国人兵役拒否者も存在する。日本でも記者会見や講演会などを開いていたからご存知の方もいるかもしれない。彼は二〇一三年にフランス政府から難民認定され、手厚い保護を受けつつパリで暮らしている。韓国の徴兵制は良心的兵役拒否を認めておらず、代替服務制もないことが難民認定の決め手になったようだ。

だが、最近になって状況が大きく変わってきた。排泄物を食べさせる、性的虐待を加えるなどの陰惨ないじめが取り沙汰される韓国の徴兵制軍隊だが、文在寅政権下で軟化の気配を見せている。憲法裁判所は代替服務制が用意されていない兵役法を違憲とし、大法院(最高裁)では良心的兵役拒否を無罪とする判決が下された。これを受けて韓国政府は代替服務制を設けることになった。服役期間も陸軍だと二一カ月から一八カ月に段階的に短縮される。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

北朝鮮の金総書記、核戦争を警告 米が緊張激化と非難

ビジネス

NY外為市場=ドル1年超ぶり高値、ビットコイン10

ビジネス

米、ロシアのガスプロムバンクに新たな制裁 取引禁止

ビジネス

米国株式市場=上昇、ダウ・S&P1週間ぶり高値 エ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中