最新記事

軍事

徴兵制:変わる韓国、復活するフランス、議論する日本──日本における徴兵制(1)

2019年7月23日(火)11時45分
尾原宏之(甲南大学法学部准教授) ※アステイオン90より転載

韓国人兵役拒否者を難民として受け入れたフランスでも変化が見られる。現大統領のエマニュエル・マクロンは二〇一七年の大統領選挙で徴兵制の復活を公約にした。ただし、具現化しつつある政策はいささか拍子抜けする内容で、一六歳になった男女全員に一カ月間の奉仕活動を義務づけるというものだ。BBCの報じたところでは、「市民文化」がその中心テーマで、警察や消防、軍隊での訓練や教育ボランティア、慈善活動などが選択肢にあげられている。

Service National Universel(普遍的国民役務)と名づけられたこのプログラムは、フランス政府のウェブサイトによれば一九九七年に停止された徴兵制とは別物で、社会的・地域的な結合、国防や安全保障の問題に関する認識の向上・発展などを企図している。もともとマクロン大統領は一カ月間兵役そのものを体験させるプログラムを構想していたので、かなり骨抜きにされたようだ。

フランスが難民認定するほど過酷だった韓国の徴兵制が緩和される一方、そのフランスでは奉仕活動という名目ながら新しい〈兵役〉がはじまろうとしている。スウェーデンでも、昨年徴兵制が復活した。

徴兵論の現在と過去

実は日本の言論界でも、近年徴兵制が話題になっている。おもな潮流はふたつある。ひとつは、安全保障法制をめぐる議論のなかでさかんに取り上げられた「経済的徴兵制」だ。先進諸国の志願兵制軍隊が、大学進学や医療保険などの特典で貧困層を誘引して囲い込んでいる、という主張である。政府や軍は、社会的上昇を目指す貧困層が本人の意に反して入隊せざるを得ないよう仕向けている、というわけだ。

日本では、憲法九条改正や集団的自衛権行使容認に批判的な勢力によってこの見解が唱えられている。今後自衛隊は、安保法制で戦争に巻き込まれる危険にさらされるだろう。危険地域への海外派遣も増加する。普通の人間は死にたくないので、自衛隊に入りたがるわけがない。よって、政府は社会的弱者をターゲットにするはずだ(現にそうしている)。論者たちはこのように主張する。

第二は、国際政治学者の三浦瑠麗などによる、徴兵制的なものの効用をめぐる議論である。現代の民主国家における戦争は、軍人の暴走によってではなく、自分では戦争に行かない統治者や国民が犠牲やコストを想像できなくなることによって起こる。多くの国民が兵役などを通して軍事に関与し、戦争で生じる「血のコスト」を実感できるようになれば、安易な開戦を防止できる。おおまかにいえばこのような議論である。

「経済的徴兵制」論と「血のコスト」論が含意する防衛政策のありかたは異なるだろう。だが徴兵制ないし兵制一般の問題を通して国民(市民)と政治の関係を捉えなおそうとしている点では共通している。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

野村HD、成長フェーズ入りに手応え 2030年目標

ワールド

中国のレアアース輸出、新規ライセンス第1弾発給=関

ビジネス

英中銀、銀行の自己資本比率要件を1%引き下げ 経済

ビジネス

りそなHD、社内DXに100億円投資 「生成AIも
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    大気質指数200超え!テヘランのスモッグは「殺人レベル」、最悪の環境危機の原因とは?
  • 2
    「世界一幸せな国」フィンランドの今...ノキアの携帯終了、戦争で観光業打撃、福祉費用が削減へ
  • 3
    【クイズ】1位は北海道で圧倒的...日本で2番目に「カニの漁獲量」が多い県は?
  • 4
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が…
  • 5
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 6
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 7
    海底ケーブルを守れ──NATOが導入する新型水中ドロー…
  • 8
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    中国の「かんしゃく外交」に日本は屈するな──冷静に…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 6
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 7
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 8
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中