アメリカ心理学会「体罰反対決議」の本気度──親の体罰を禁じるべき根拠

2019年6月21日(金)17時15分
荻上チキ(評論家)、高 史明(社会心理学者)

親は、有効かつ体罰を含まないしつけを獲得すべき

まず、「条件付き体罰」「慣習的体罰」に分類された適切な方式の体罰とは、子の尻や手足を平手で、強すぎない力で叩く「スパンキング(spanking)」を指す。一方で、日本の家庭で頻繁に行われているであろう、頬を平手打ちする、げんこつで殴る、強く叩く、肩を掴んで揺さぶるなどの行為はここには含まれず、全て有害な「激しい体罰」に分類される。怒りに従って叩くのも、同じく「激しい体罰」に該当する。

また、代替方略の多くに対して優位性を示した「条件付き体罰」であっても、決して全ての代替方略に対して優位性を示したわけではない。実は、比較に用いられた研究は少なかったとはいえ、「理由づけ+非身体的罰」や「バリア(別室でのタイムアウト)」(後述)は、「条件付き体罰」と同程度に有効だったのである。

つまり重要なのは、<最も効果が出るように対象と方法、強度などを選択して体罰を使用したとき>でさえ、その効果は<体罰でなければ得られないものではなかった>という点である。コントロールされた体罰の仕方によってはポジティブな効果も見られるが、その効果は他の教育方法でも達成できるものだったのだ。平たく言えば、「体罰でなければいけない理由がない」ということだ。

「上手な体罰」でさえも、他の指導方法に置き換えることができる。であれば、科学的のみならず、人道的に考えても、体罰を選ぶ必要はないと言えるだろう。

さらに言えば、体罰の使用が、より強度の体罰へのエスカレートの危険をはらむこと――体罰を使用して期待する効果が得られなかったとき、より強度の体罰に頼りたくなるものではないだろうか――、そしてGershoff & Grogan-Kaylor (2016)ではさらに多くのネガティブな効果が示唆されていることなどを考えると、親は<有効かつ体罰を含まないしつけ方略>をこそ獲得する必要がある。

さて、こうした体罰の効果については、親子の属する文化によっても異なるのではないかという反論もありうるだろう。子に対する体罰が比較的許容されている日本のような国であれば、体罰が子に与える心理的苦痛は少なく、したがって発達上の害も少ない、といった具合に。

しかしAPAの文書は、体罰の子の発達への害は通文化的、つまりどの文化にも普遍的に当てはまることを、多数の文献を引用しながら論じている。ここではその一つ、日本で行われたOkuzono, Fujiwara, Kato, & Kawachi(2017)を取り上げよう。

奥園らは、厚生労働省が2001年から実施し、一つの世代のデータを継続的に集めている「21世紀出生児縦断調査」のデータを利用し、日本においても体罰が子どもの行動上に悪影響を及ぼしているかを検討した。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、中国による戦略分野への投資を制限 CF

ワールド

ウクライナ資源譲渡、合意近い 援助分回収する=トラ

ビジネス

米バークシャー、24年は3年連続最高益 日本の商社

ビジネス

ECB預金金利、夏までに2%へ引き下げも=仏中銀総
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 5
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 9
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中