「心の専門家」に、ピエール瀧氏を「分析」させるメディアの罪
無自覚という罪とメディアの責任
テレビでは、ピエール瀧氏のみならず、メンバーである石野卓球氏にすら、謝罪や説明を求めるコメントも溢れていた。そうした論調の中で、このような「専門家」によるコメントは、「無反省」を叩くという空気を強化するものになるだろう。
薬物依存に関する問題においては特に、本人の「反省」を追及するモードが、治療と回復を妨げてしまうという側面がある。それでもあえて、公に専門知の権威を借りて、「無反省」を指弾することの意義はどのようなものなのだろうか。しかも、非常に薄い根拠をもって。
ここに興味深い文章がある。先の「ミヤネ屋」に出演していた矢幡氏が、かつて自身のブログに書いていたものだ。
「社会が心理学用語で事件解説を求めていることは確かなのだ。つまり需要がある。精神医学・心理学用語を使ってもっともらしい作文を1つ作れば、世間はそれで何かが『わかった』ような気がして、安心する。時代は、出来事を何でもかんでも『心理的な出来事』として位置付けることを求めている。コメンテーターの仕事は、社会を『わかったつもり』にさせて、出来事を整理済の棚の中に放り込むことにすぎない。それ以上の意義が無い事はわかっていながら、お金がないので仕事を選ぶことができない。テレビコメントの依頼が来たら、断らない」
これほどあからさまな告白も珍しい。あくまでお金のために、社会とメディアの求めに応じて、「わかったつもり」にさせるための「もっともらしい」コメントを行なっている――。そのことを隠さない点で、矢幡氏はある意味「誠実」なのかもしれない。
では、ここで何が問われてくるのか。最も重要なのは、メディアの役割だろう。
限られた情報の中で、本人の同意なく、精度の低いコメントである可能性をわかっていながら、精神医学や臨床心理学の専門家という権威を用いて、広く社会に発信する報道。それがいかなる正当性を持つものなのか、倫理的に許容されるものなのか。この点について、メディアは説明責任を持つ。
専門家のコメントを「時間や字数の埋め草」として捉えているのであれば、それは改められる必要がある。あまりに見慣れた光景であるために無視されがちだが、それは無益な慣習であるばかりでなく、社会に偏見を広げる有害な行為にすらなるのだから。
そうしたことに自覚的になるためにも、日本でもかような論争は知られるべきだろう。このようなルールを直ちに導入すべきだというわけではない。だが少なくとも、この論争が持つ意義や緊張感は、意識あるメディア関係者には共有されて欲しいと願っている。
引用文献:
・Kroll, J., & Pouncey, C. (2016). The Ethics of APA's Goldwater Rule. The Journal of American Academy of Psychiatry and the Law, 44(2), 226-235. Retrieved from http://jaapl.org/content/44/2/226
・Levine, M. A. (2017). Journalism Ethics and the Goldwater Rule in a "Post-Truth" Media World. The Journal of the American Academy of Psychiatry and the Law, 45(2), 241-248. Retrieved from http://jaapl.org/content/45/2/241
・Martin-Joy, J. (2017). Interpreting the Goldwater Rule. The Journal of the American Academy of Psychiatry and the Law, 45(2), 233-240. Retrieved from http://jaapl.org/content/45/2/233
・Post, J. M. (2002). Ethical Considerations in Psychiatric Profiling of Political Figures. Psychiatric Clinics of North America, 25, 635-646. https://doi.org/10.1016/S0193-953X(02)00011-4
・矢幡洋(2014) 心理コメンテーターのでたらめぶりを告白も含めて切る | 佐世保高1女子殺害の加害者は「女酒鬼薔薇」で詰み. Retrieved April 5, 2019, from http://crime-psychology.hateblo.jp/entry/2014/07/29/心理コメンテーターのでたらめぶりを告白も含
[筆者]
荻上チキ(おぎうえ・ちき)
評論家、ラジオパーソナリティ。メディア論を中心に、政治経済から文化社会現象まで幅広く論評する。著書に『いじめを生む教室』(2018、PHP)など。TBSラジオ「荻上チキ session-22」でギャラクシー賞受賞。
高 史明(たか・ふみあき)
社会心理学者。博士(心理学)。偏見と差別、自伝的記憶、マインドセット 、ジェンダーと労働の研究などを行ってきた。著書に『レイシズムを解剖する――在日コリアンへの偏見とインターネット』(2015、勁草書房)など。2016年、日本社会心理学会学会賞(出版賞)受賞。
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