1日5回流れるモスクの騒音訴えた仏教徒に「宗教冒涜罪」 インドネシア最高裁が上告却下
弁護側「証拠不十分、偽情報に基づく」
「判決が指摘するようなイスラム冒涜の発言は事実ではない」と一貫して無罪を主張してきたメイリアナ被告のラトノ・シバラン弁護士は「被告の自宅に放火するようなイスラム教徒による証言だけでは有罪を立証する証拠としては不十分」としたうえで、「偽の情報、ニュースに基づく判決は裁判の公正を欠く」として、今後は裁判のやり直しである「再審」を求めていく方針という。
再審を求めるために弁護側は、これまで裁判に提供しなかった被告自宅が襲撃された際に屋外で撮影された動画などを新たな証拠として提出する方針を明らかにしている。
今回の裁判について弁護側や「アムネスティ・インターナショナル」などの人権擁護団体は繰り返し「宗教的少数者への人権侵害事案である」として公平な裁判を求めてきた。
しかし、最高裁が上告を却下したことでインドネシアの司法当局が「所詮は多数派イスラム教を優先する実態」を浮き彫りにしたといえる。
「多様性の中の統一」という国是がないがしろに
インドネシアは人口約2億5000万人の88%を占める世界最大のイスラム教徒を擁する国である。しかしイスラム教は国教ではなく、キリスト教、仏教、ヒンズー教なども認め、多様な文化、宗教、民族を背景にした「多様性の中の統一」を国是として来た歴史がある。
しかし今回の裁判のように政治・経済・文化のあらゆる場面でイスラム教を最優先する傾向が近年は特に著しくなっている。
メイリアナ被告の裁判でもイスラム教団体は「宗教冒涜とは言えない」としながらも司法の独立性を理由に積極的な関与を避けており、ジョコ・ウィドド大統領(イスラム教徒)も「司法に政治が介入することはできない」として静観を決め込んでいる。
被告弁護側は「最高裁の決定は宗教冒涜罪によって証拠不十分や偽情報に基づいてでも処断される危険性をはらむ危ない決定である」と主張しており、インドネシアの司法のあり方が問われている。
MUIの指導者は副大統領候補
メイリアナ被告起訴のきっかけとなった宗教令を出したMUIは、インドネシアの全国的なイスラム指導者の組織。なかでも有力な指導者の一人がマアルフ・アミン氏で、4月17日に投票が行われる大統領選挙に現職のジョコ・ウィドド大統領とペアを組んで副大統領候補として出馬している。
こうした政治的背景が裁判に影響しているとの見方が有力だが、多数派イスラム教徒、それも指導的立場の人物が副大統領候補として立候補している現状では、宗教的少数派だけでなく、LGBTなどの性的少数者の権利保護もないがしろにされているのが現状であり、「多様性の中の統一」や「寛容の精神」という国是や国の方針が改めて問われる事態となっている。
東南アジア諸国連合(ASEAN)ではブルネイが4月3日から不倫や同性愛者に死刑、窃盗犯に手足切断という厳罰を科すイスラム教のシャリア(イスラム法)に基づく新刑法が施行されるなどイスラム教の影響力拡大が目立っている。
[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など