最新記事

宇宙開発

アポロ11号アームストロング船長の知られざる偉業

TOP FLIGHT

2019年4月26日(金)17時30分
ジェームズ・ドノバン(作家)

アームストロングとスコットは、選択肢が1つしかないことを知っていた。船首に付いている2つの再突入システムの推進装置を使うことだ。

「残っているのは再突入装置だけだ」とアームストロングは言い、「やるしかない」とスコットも答えた。

ジェミニの操縦室には6つのコントロールパネルがあった。再突入システムの制御スイッチはアームストロングの頭上の、操作しにくい場所にあった。しかし宇宙飛行士は長時間の訓練で、目視できなくても全てのスイッチの位置を把握するようになっていた。

再突入システムのパネルには12個ほどスイッチが並んでいた。アームストロングは手を伸ばし、正しいスイッチを探し出して押した。次いで、大気圏への再突入時に姿勢を制御するエンジンのスイッチを入れた。

ところが何も起きなかった。彼はスコットにも試してみるよう頼んだ。スコットがやっても反応はなかった。手動制御装置が動かなければ、地球に帰ることはできないだろう。機体は回転を続け、推進装置は働かない。回転を遅くする空気抵抗も存在しない。

間違ったスイッチを入れたかもしれないと考えた2人は、もう一度スイッチを入れ直した。

NASAが脱帽した冷静さ

ちょうどそのとき、手動制御装置が反応し始めた。アームストロングはロケット噴射を細かく操って高速の回転にブレーキをかけ、最終的に回転を止めた。その後、燃料を節約するために再突入システムを切った。機体の回転を止めるために、既に再突入用燃料の約75%を使い切っていた。故障の原因を確かめようと、彼は手動で推進装置を片っ端から試した。

問題があったのは、8番の方位制御用推進装置だった。恐らく電気系統のショートのせいでスイッチが入ったままになっていたのだ。燃料の噴射音が聞こえなかったのは、常に作動していたからだ。故障していたのはアジェナではなく、ジェミニだった。

再突入システムを使用すれば任務の続行は断念しなければならない。適切な角度で地球に帰還するには、再突入推進装置を使って機体を安定させなければならない。推進装置が故障していたら、姿勢の制御が利かない。そして再突入では、姿勢制御が最大の問題だ。

地上の管制室にいた冷静沈着なフライトディレクター、ジョン・ホッジは直ちに任務の中断を決めていた。しかし、いつ、どこで再突入させるべきか? 回収地点はどこになるか?

flight04.jpg

太平洋上に着水して救助されるアームストロングとスコット Bettmann/GETTY IMAGES

「悪いな、相棒」。26分間の地獄の後で、アームストロングはスコットに謝った。ジェミニの操縦を後でスコットに譲るつもりだったが、もう無理だ。スコットは船外活動に備えて過酷な訓練に耐えてきたが、これも諦めるしかない。選択の余地がないことはスコットも分かっていた。

ホッジは管制官たちと選択肢を検討し、20分後に決断を下した。再突入は7回目の周回で行う。あと3時間もない。想定どおりに逆噴射を行えれば、ジェミニは日本の南東約1000キロに着水する。その地点を目指し、海軍の駆逐艦レオナルド・F・メーソンが全速力で航行を始めた。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

イスラエル、ハマスが人質リスト公開するまで停戦開始

ワールド

韓国尹大統領に逮捕状発付、現職初 支持者らが裁判所

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性客が「気味が悪い」...男性の反撃に「完璧な対処」の声
  • 2
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 9
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 10
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 9
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中