最新記事

宇宙開発

アポロ11号アームストロング船長の知られざる偉業

TOP FLIGHT

2019年4月26日(金)17時30分
ジェームズ・ドノバン(作家)

想像したこともない事態だった。しかも電波が届かない通信圏外だから、誰かに助言を求めることもできない。このまま回転が続けば、結合部分が壊れるかもしれない。大量の燃料を積んだアジェナが爆発するかもしれない。そして生命維持装置を積んだ部分と操縦室が引き裂かれたら......。酸素が尽きれば、窒息による素早い死がほぼ確実に訪れる。その前に、急いで対策を取る必要があった。さらに悪いことに、スコットは姿勢制御用の燃料が13%まで減少していることに気付いた。

しかし、こちらでロケットを噴射した記憶はない。ならば、問題はアジェナにあるはずだ。「アジェナから離れたほうがいい」。スコットはアームストロングに言った。

「そうだな。回転速度を下げられるかどうかやってみよう。準備は?」

「やっている」

アジェナは切り離されると、地上からモニターできなくなる。スコットは記録装置をセットし、アジェナが頭上を通過したときに地上の追跡基地がそのデータを拾い、誤動作の理由を知ることができるようにした。

「いつでもいいぞ」とスコットは言った。「準備完了だ」

「やれ!」とアームストロングは言い、

スコットはドッキング解除スイッチを押してアジェナを切り離した。するとジェミニの回転はさらに速くなり、上下にも回り始めた。2人の宇宙飛行士は大変な苦痛を伴う「人間遠心分離機」の実験に何度も参加していたが、その経験がここで生きた。

回転速度は毎秒2回転近くにまでなった(アームストロングは後に、独特の控えめな表現で「生理学的限界に近づいていた」と語っている)。

「面倒なことになった」と、スコットは言った。2人は必死で機体を安定させる作業を続けた。

目まいと吐き気に襲われて

ちょうどその頃、ジェミニは日本の南、西太平洋にいた通信連絡船コースタル・セントリー・キューベック(CSQ)の通信圏内に入った。

CSQの通信員は、何かがおかしいことに気付いた。遠隔測定でジェミニがドッキングを解除したことは分かったが、理由は不明。しかも、ジェミニは数分で通信圏外に出てしまう。

flight03.jpg

左は接近したジェミニ8号から撮影したアジェナの姿 NASA

「ジェミニ8、こちらCSQ、聞こえるか?」

「深刻な問題がある」とスコットは答えた。「回転しまくっている。アジェナを切り離した」

激しい回転で音声はゆがみ、波長が混乱して送信は途切れたが、CSQ側はスコットの言葉を聞き取った。

「回転がひどい、どうやっても止まらない」と、アームストロングは訴えた。「左回りで徐々に加速している」

機体はまだ毎秒1回転以上、上下に揺れ、左右にも揺れ動いていた。

機内ではチャートやチェックリスト、フライトプランなどが飛び交い、壁にぶつかった。2人の飛行士もあちこちにたたきつけられ、目まいと吐き気に襲われた。眼球の動きを制御できなくなり、視界もぼやけてくる。

2人とも気絶寸前だったが、意識を失ったら地上に生還できるチャンスはなくなる。ヒューストンの管制室が通信に割って入り、CSQに事情を尋ねていた。だがジェミニは再び通信圏外に出て、音声は途絶えた。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

アングル:富の世襲続くイタリア、低い相続税が「特権

ワールド

アングル:石炭依存の東南アジア、長期電力購入契約が

ワールド

中国、高市首相の台湾発言撤回要求 国連総長に書簡

ワールド

MAGA派グリーン議員、来年1月の辞職表明 トラン
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 2
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネディの孫」の出馬にSNS熱狂、「顔以外も完璧」との声
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 5
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 6
    「裸同然」と批判も...レギンス注意でジム退館処分、…
  • 7
    Spotifyからも削除...「今年の一曲」と大絶賛の楽曲…
  • 8
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 9
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 10
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 6
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 9
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中