最新記事

国籍

国籍売ります──国籍という不条理(1)

2019年1月29日(火)17時50分
田所昌幸(慶應義塾大学法学部教授)※アステイオン89より転載

Margolana-iStock.


<国籍を「売って」いる国もあり、地中海の小国マルタでは約1億5000万円で買えるという。昨今「二重国籍」を認めるべきであるという議論が高まっているが、二重国籍容認論は安全保障環境の変化と無縁ではないことを田所昌幸・慶應義塾大学教授は指摘する。論壇誌「アステイオン」89号は「国籍選択の逆説」特集。同特集の論考「国籍という不条理」を3回に分けて全文転載する>

国籍売ります

日本のパスポートは世界最強。カナダのとある民間企業であるヘンリー・アンド・パートナーズ(Henley & Partners)社の最新の格付けによると、日本人はシンガポール人と並んで世界の一八九カ国にビザなしで渡航でき、二位のドイツ(一八八カ国)、三位のデンマーク、イタリア、スペイン、フランス、フィンランド、スウェーデン、韓国など(一八七カ国)をわずかに上回って、第一位とされた(1)。私自身も、海外の出入国検査で、日本国籍であるという理由だけで恩恵を蒙っているのであろう。パスポートの表紙を見せただけで「もう行っていい」という態度を採られた経験を何回もしたことがある。

世界を忙しく旅行する多国籍企業の社員などにとっては、移動が容易なことは仕事に直結する話なので、こういった指標を参考に都合の良い国籍を取得しようとする需要があるだろう。そしてそのためのコンサルティングは立派な商売になっている。もちろん海外旅行の容易さだけが国籍選択の基準ではなかろう。そのため、同社はさまざまな要素を勘案して、国籍品質指標(Quality of Nationality Index)を毎年作成している。それによると日本のランクは一位のフランスからぐっと下がって、クロアチアの次の二九位とされている。

グローバルな国籍市場で人気銘柄は、たとえばマルタの国籍である。東地中海、イタリア南端のシチリア島から一〇〇キロたらずのところに浮かぶマルタはフェニキア人、カルタゴ人、ローマ人、アラブ人、そして聖ヨハネ騎士団など多様な勢力が交錯してきた歴史を持つが、一九世紀以降ここを支配してきたイギリスから一九六四年に独立した。

人口わずか四〇万人あまりだがれっきとした独立国であるマルタは、二〇〇四年にはEU加盟も果たした。気候は温暖で、税金は低く、通貨はユーロで、英語も公用語の一つである。そしてこの国の市民となればEUのパスポートが取得でき、それによってヨーロッパ内はもちろん、世界中の多くの国にビザなし渡航が可能だし、EU内で自由に仕事に就くことができる。おまけにマルタは重国籍を認めているので、すでに持っている国籍を離脱する必要もないし、国籍を取得したからといってマルタに永住する必要さえもない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

FRBの独立性、経済成果に「不可欠」=ミネアポリス

ビジネス

米テスラ、第1四半期粗利益率が予想上回る EV販売

ワールド

ウィットコフ米特使、週内にモスクワ訪問 プーチン氏

ワールド

インド・カシミール地方で武装勢力が観光客に発砲、2
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 2
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 3
    パウエルFRB議長解任までやったとしてもトランプの「利下げ」は悪手で逆効果
  • 4
    日本の人口減少「衝撃の実態」...データは何を語る?
  • 5
    アメリカは「極悪非道の泥棒国家」と大炎上...トラン…
  • 6
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 7
    コロナ「武漢研究所説」強調する米政府の新サイト立…
  • 8
    なぜ世界中の人が「日本アニメ」にハマるのか?...鬼…
  • 9
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 10
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 4
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初…
  • 7
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 8
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 9
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 10
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 3
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 8
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 9
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 10
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中