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国籍

国籍売ります──国籍という不条理(1)

2019年1月29日(火)17時50分
田所昌幸(慶應義塾大学法学部教授)※アステイオン89より転載

ただし、マルタ国籍を取得するには政府に六五万ユーロを拠出するとともに、三五万ユーロ以上の不動産をマルタに保有すること、そして一五万ユーロを政府認可の金融商品に投資することが義務付けられている。つまりマルタという国家は、国籍を一一五万ユーロつまり約一億五〇〇〇万円で、販売しているのである。

実はこのプログラムの作成そのものにも、上記のヘンリー社が関与していた。マルタ国籍は、類似のプログラムを持つキプロスなどより割安で、ブルガリアやギリシャよりも割高なものの、国籍の「品質」は高いので、ロシアや中国そしてアラブ産油国の富豪などが二番目、あるいは三番目の国籍として購入しているものと思われる。

かつては、便宜的な国籍を売却するこういったプログラムを大っぴらに実行していたのは、カリブ海の小国に限定されていた。しかしアメリカやカナダなどの大規模な移民受け入れ国でも、多額の投資と引き換えに永住権を優先的に与える制度が導入されるようになっている。また、二一世紀になるといくつかのヨーロッパの国もこういった措置を導入するようになった。

市民と国籍

国籍とは随分不条理な制度だ。国籍如何によって人生は大きく左右される。どの国のパスポートを持っているかによって、海外旅行の際にどの程度便利なのかなどといったことは、どちらかと言えば些細な一側面に過ぎない。国籍如何によって、どの国に無制限に居住し仕事に就けるかが決まる。またどの国家から様々なサービスを享受できるのかも決まる。

そして民主的な国家の国籍を持ったなら、その国の政治的決定にも参加することができ、世界で自由で民主的な国はせいぜい三分の一程度だ。医療や福祉、社会保険制度などを通じて手厚いサービスを提供する国は一層少ないが、そういった恩恵を受けられるかどうかも国籍に左右される。

なら、なるべく多くのサービスを受けられて、しかも経済や治安がよいが、税負担は軽く、兵役などない国の国籍に人気があるのは当然で、だからこそ世界中で貧しく混乱した国から、豊かな国に時には非合法な手段を使ってでも入国しようとする人々が絶えないのである。

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