最新記事

健康

腸内細菌で高める免疫パワー最前線

Boosting Immunity Through Gut Bacteria

2018年12月20日(木)11時00分
井口景子

人の体を病気から守る驚異のシステムとは

解説 病原体を攻撃しその情報を記憶する巧妙で複雑な免疫の仕組みを読み解く

immunity01_02.jpg

防衛線 ナチュラルキラー(NK)細胞などの免疫細胞が癌細胞を攻撃する JUAN GAERTNERーSCIENCE PHOTO LIBRARY/GETTY IMAGES

免疫システムは人間の体にとって欠かせないもの。ありふれた風邪から癌のような深刻な疾患まで、さまざまな病気から人体を守る働きをする。

細菌やウイルスなどの病原体に感染したとき、免疫システムのせいで体調が悪いと感じることがよくあるが、その感染から回復するのもやはり、免疫システムのおかげだ。免疫は異常を起こすことも、アレルギーや自己免疫疾患などを引き起こすこともある。

免疫システムは、自然免疫と獲得免疫の2つの要素に分けられる。どちらも病気予防にとって不可欠だが、両者は大きく異なる働きをする。

■自然免疫

感染からの防御の最前線である自然免疫は、 消化器系内膜などの組織で作用している。自然免疫には、体内に侵入したあらゆる病原体を攻撃することに特化した細胞もいる。白血球の一種である好中球やマクロファージ、樹状細胞といった細胞は、病原体を取り込み、細胞内で殺すことができる。自然免疫の動きは速い。その細胞は体内の至る所に存在し、病原体が侵入すると数分以内に攻撃を始めて体へのダメージを抑える。だが、自然免疫が体内から全ての病原体を除去できるとは限らない。そこで次の、より特異的な防衛線が動きだすことになる。

■獲得免疫

獲得免疫は、あらゆる病原体に同じように反応する自然免疫よりも進化したものだ。獲得免疫は、異なる細菌に異なる方法で対処し、破壊する。獲得免疫で働く主な細胞は、B細胞、ヘルパーT細胞、キラーT細胞の3種類だ。B細胞は抗体を産生する。抗体は一部の細菌に結合し、その細菌が細胞内に侵入するのを防いだり、一部の病原体が産出する毒素に結合してその作用を中和したりできる物質だ。抗体はまた、侵入した細菌を自然免疫が破壊しやすくするため、細菌に「目印」をつける。抗体は胎盤や母乳を通しても伝わり、免疫システムが未熟な乳児を病気から守る働きもする。

ヘルパーT細胞は、その名のとおり他の細胞を助ける。自然免疫が病原体を見つけて殺したり、B細胞が最適な抗体を作り出すのを助ける。

キラーT細胞は、ウイルスに感染した細胞を破壊する物質を分泌する。ウイルスは細胞外では増殖できないため、細胞に侵入する。それに対して抗体は細胞内に入れない。そこで代わりにキラーT細胞が、ウイルスの増殖を防ぐために細胞ごと破壊する。

獲得免疫は、病原体を記憶することができる。そのため再び同じ病原体に遭遇したときには、より早く、より強く反応することが可能だ。麻疹(はしか)のような感染症に一度かかると二度と感染しないのはこのため。そして、ワクチンもこの仕組みを利用している。

ワクチンは、病原体の毒素を除くか弱めたものを原材料にして作られる。免疫システムをこれにさらすことで、病原体を認識するよう教え込むのだ。いつか「本当の」病原体に侵入されたとき、この獲得免疫が素早く反応する。

■免疫の誤作動

免疫システムは誤った働きをする場合もある。その一例がアレルギーで、病原体ではない侵入者に免疫システムが反応してしまうことで引き起こされる。多発性硬化症や1型糖尿病などの自己免疫疾患は、免疫システムが自分の体内の細胞を異物と見なして攻撃するために起こる。病気を防ぐためのシステムが病気の原因になってしまうのだから、なんとも皮肉なことだ。

免疫システムを理解するのは医学にとって極めて重要といえる。新たなワクチンや、免疫システムを利用した癌治療の研究は進み、アレルギーや自己免疫疾患に対する新たな治療法は、免疫システムの特定の働きだけを操作し、弱体化させることを目標にしている。

免疫システムに関する研究は日々進化し、数多くの病気の治療法に新たな道を開き続けている。

ファビエン・ビンセント(豪モナシュ大学免疫学研究員)/ファビエンヌ・マッケイ(同教授)/キム・マーフィー(同講師)

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中