暴走する中国ゲノム研究
China’s Bioethics Struggles Enter the Spotlight
クリスパーを使った実験は健康な子供が欲しいという親の願いに応えるもので、批判は覚悟の上だと開き直る賀 China Stringer Network-REUTERS
<やはり中国か――世界中の研究者が頭を抱えた危険な「遺伝子ベビー」誕生の背景を探る>
数年前、科学誌サイエンスの中国通信員をしていた当時、見知らぬ若手研究者からメールが送られてきた。その頃私の元には自分の研究をメディアで取り上げてほしいというメールがよく来ていたが、そのメールは必死さで群を抜いていた。
中国と香港でヒトに感染し、多数の死者を出した鳥インフルエンザA(H7N9)について、自分たちは「昼夜を分かたず」、そのウイルスのDNA配列を調べている──というのだ。
私がこのメールを思い出したのはつい最近。11月25日の夜、中国・南方科技大学の賀建奎(ホー・チエンコイ)准教授が世界で初めてゲノム編集で遺伝子を書き換えた受精卵からヒトの双子の赤ちゃんを誕生させたと発表し、世界に激震が走ったときだ。そう、例のメールの差出人はまさに賀だった。
今回の実験で賀が使ったのはクリスパー・キャスナイン(CRISPR-Cas9)と呼ばれる、「分子のはさみ」で遺伝子を切り貼りできる技術だ。男性側がHIVに感染した7組のカップルを対象に体外受精を行い、HIVに耐性を持つよう受精卵の遺伝子を改変したという。
今のところ妊娠にこぎ着けたケースは1件だけで、娜娜(ナーナー)と露露(ルールー)という双子の女の子が生まれたと、賀は述べている。
賀は査読付きの学術誌に論文が掲載されるのを待たずに、AP通信に話を持ち込み、YouTubeにも一連の動画を投稿した。その1つで彼はこう豪語している。「双子は普通の赤ちゃんと変わらず元気だ。私の研究が批判を浴びるのは承知の上だが、この技術を必要とする親たちがいるのは事実。彼らのために私が批判を受けて立つ」
賀は動画を見た人に娜娜と露露にメールを送るよう呼び掛け、アドレスを表示している。だが彼が双子に施したと主張する技術は安全性が確認されていない。双子の将来の健康には大きな不安が付きまとう。
スタンドプレーの温床
癌の治療から作物の品種改良までさまざまな分野に革命をもたらしてきたクリスパー。いずれはヒトの生殖にもこの技術が使われる可能性があると、専門家はみていた。ただ、デザイナーベビーの誕生につながる危険性もあり、ヒトの受精卵を使った研究には一定の歯止めをかけるべきだというのが研究者の一致した見解だ。米国科学アカデミーは、研究の対象を既存の技術では対応不能な医療上の必要性が明らかに認められる場合に限定するよう推奨している。