イギリスが欧州の「孤島」になる日
No-Deal Brexit Looming
ロンドン中心部では10月、EU離脱に反対する大規模なデモが起きた Clodagh Kilcoyne-REUTERS
<とりあえず暫定合意は取り付けたが議会による承認は難航必至――庶民は最悪の事態への備えを始めている>
袋詰めの乾燥パスタや缶詰食品、コーヒーの豆、粉ミルク、それに洗剤。食器棚を占領した備蓄品の山に、ロンドン在住のジョー・エルガーフ(42)はため息をつく。でも「長持ちするものは何でも」買っておかなくちゃ、と彼女は言う。
来年3月29日のブレグジット(イギリスのEU離脱)が迫るにつれ、欧州側との合意なき離脱という最悪の事態がますます現実味を帯びてきた。税関の手続きで国境は大混雑し、物資の供給は大幅に遅れ、空の便も国際線は飛べなくなるかもしれない。通貨ポンドの急落が予想され、食品や医薬品は品薄になり、英国民の海外渡航には面倒な手続きが必要になりそうだ。
だから2児の母のエルガーフは自衛のためにせっせと保存食品や外国製品を買いだめする。イギリスがわが道を行くと決めた以上、備えは必要だ。
彼女だけではない。エルガーフがフェイスブック上で運営するグループ「備えある48%」のメンバーは約2000人。その3分の1はこの1カ月以内に参加した。「48%」は16年6月の国民投票でEU離脱に反対した有権者の割合である。
「私は平凡な家庭の平凡な女。EU離脱の意味も少しは分かる。だからパニックは起こさない」と彼女は言う。「でも、政府の備えは信用できない」
国民投票の時、離脱派は「イギリスを解放する」という壮大な約束を掲げた。EUの規則に縛られずに世界中の国と貿易協定を結べるし、EUへの拠出金を国民保健サービスの財源に回すことができるとも主張した。
そして離脱派が僅差で勝った。11月半ばには、イギリス政府とEU側が暫定的な離脱協定案をまとめた。しかし協定案がイギリス議会の承認を得られる保証はないし、EU加盟各国で承認される保証もない。
そうであれば、庶民としては「崖っぷちの離脱」に備えるしかない。移行期間もなければ、離脱に伴う衝撃緩和措置も決まらないまま、断崖絶壁から突き落とされるのだから。
その場合、イギリスは(少なくとも短期的には)ヨーロッパからも国際社会からも孤立することになる。合意なき離脱は、島国イギリスを自業自得の鎖国状態に追い込みかねない。
そうなれば、在英EU国民やEU域内在住の英国民の権利や将来は即座に不安定なものになる。金融面の問題もある。クレジットカードの手数料は引き上げられ、イギリスの銀行はEU域内での営業ができなくなるだろう。
政府は市民の騒乱が起きた場合に備え、ブレグジット後の2カ月間は警察官の休暇を許可しない方針を検討している。軍隊に待機命令が出て、食料や医薬品、燃料などの配給に備えているとの報道もある(テリーザ・メイ英首相は否定)。
EU離脱が現実になるまで、まだ4カ月ある。離脱協定は年末までにEU側と合意できればいい。しかし国内外の抵抗勢力を説き伏せ、円満な協議離婚に持ち込むために十分な時間とは言えない。