最新記事

ブレグジット

イギリスが欧州の「孤島」になる日

No-Deal Brexit Looming

2018年11月22日(木)17時20分
デービッド・ブレナン

ロンドン中心部では10月、EU離脱に反対する大規模なデモが起きた Clodagh Kilcoyne-REUTERS

<とりあえず暫定合意は取り付けたが議会による承認は難航必至――庶民は最悪の事態への備えを始めている>

袋詰めの乾燥パスタや缶詰食品、コーヒーの豆、粉ミルク、それに洗剤。食器棚を占領した備蓄品の山に、ロンドン在住のジョー・エルガーフ(42)はため息をつく。でも「長持ちするものは何でも」買っておかなくちゃ、と彼女は言う。

来年3月29日のブレグジット(イギリスのEU離脱)が迫るにつれ、欧州側との合意なき離脱という最悪の事態がますます現実味を帯びてきた。税関の手続きで国境は大混雑し、物資の供給は大幅に遅れ、空の便も国際線は飛べなくなるかもしれない。通貨ポンドの急落が予想され、食品や医薬品は品薄になり、英国民の海外渡航には面倒な手続きが必要になりそうだ。

だから2児の母のエルガーフは自衛のためにせっせと保存食品や外国製品を買いだめする。イギリスがわが道を行くと決めた以上、備えは必要だ。

彼女だけではない。エルガーフがフェイスブック上で運営するグループ「備えある48%」のメンバーは約2000人。その3分の1はこの1カ月以内に参加した。「48%」は16年6月の国民投票でEU離脱に反対した有権者の割合である。

「私は平凡な家庭の平凡な女。EU離脱の意味も少しは分かる。だからパニックは起こさない」と彼女は言う。「でも、政府の備えは信用できない」

国民投票の時、離脱派は「イギリスを解放する」という壮大な約束を掲げた。EUの規則に縛られずに世界中の国と貿易協定を結べるし、EUへの拠出金を国民保健サービスの財源に回すことができるとも主張した。

そして離脱派が僅差で勝った。11月半ばには、イギリス政府とEU側が暫定的な離脱協定案をまとめた。しかし協定案がイギリス議会の承認を得られる保証はないし、EU加盟各国で承認される保証もない。

そうであれば、庶民としては「崖っぷちの離脱」に備えるしかない。移行期間もなければ、離脱に伴う衝撃緩和措置も決まらないまま、断崖絶壁から突き落とされるのだから。

その場合、イギリスは(少なくとも短期的には)ヨーロッパからも国際社会からも孤立することになる。合意なき離脱は、島国イギリスを自業自得の鎖国状態に追い込みかねない。

そうなれば、在英EU国民やEU域内在住の英国民の権利や将来は即座に不安定なものになる。金融面の問題もある。クレジットカードの手数料は引き上げられ、イギリスの銀行はEU域内での営業ができなくなるだろう。

政府は市民の騒乱が起きた場合に備え、ブレグジット後の2カ月間は警察官の休暇を許可しない方針を検討している。軍隊に待機命令が出て、食料や医薬品、燃料などの配給に備えているとの報道もある(テリーザ・メイ英首相は否定)。

EU離脱が現実になるまで、まだ4カ月ある。離脱協定は年末までにEU側と合意できればいい。しかし国内外の抵抗勢力を説き伏せ、円満な協議離婚に持ち込むために十分な時間とは言えない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

訂正-米テキサス州のはしか感染20%増、さらに拡大

ワールド

米民主上院議員、トランプ氏に中国との通商関係など見

ワールド

対ウクライナ支援倍増へ、ロシア追加制裁も 欧州同盟

ワールド

ルペン氏に有罪判決、次期大統領選への出馬困難に 仏
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 9
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 10
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 1
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中