最新記事

ウイグル

ウイグル絶望収容所で「死刑宣告」された兄を想う

2018年11月8日(木)12時20分
長岡義博(本誌編集長)

それ以降17年間、あれだけ仲のよかった兄弟は、メールすら送り合わず、まったく連絡を取らなかった。4年ほど前、北京を訪れていた兄が共通の知人と酒を飲んでいたとき、その知人から中国ソーシャルメディアの微信(WeChat)で連絡が来たことがある。

「兄貴といま、話すか?」

知人からそう聞かれたヌーリ氏だが、電話で直接話すことはしなかった。中国当局に盗聴されていたら、兄に大きな迷惑がかかるのは目に見えていたからだ。

「じゃあ、兄さんは後で電話するって言っているから」

しかし、兄から電話がかかってくることはなかった。知人は「昨日は酔っぱらってしまったから(かけ忘れたんだろう)」と次の日、微信で釈明したが、ヌーリ氏は注意深い兄が電話をかけてこなかった理由がよくわかる。

特に最近、外国から新疆ウイグル自治区にかかってくる電話は中国当局によって盗聴されている。ウイグル人は、たとえそれが家族や知人からのものでも国際電話に敏感になっていて、海外にいる知人や家族に「電話をしてくるな」と伝えている。「スパイ」の疑いをかけられ、それを理由に拘束されかねないからだ。

「共産党員」でも容赦せず

自治区内と連絡が断絶し情報の入ってこないヌーリ氏が、兄の拘束直後の状況を聞いたのは17年の年末頃、海外にいるタシポラット氏の教え子からだった。

「ホテルに入れられ、尋問されている」。体制側の人間として生きてきた兄に罪があるはずはない、とヌーリ氏は考えていた。弟のヌーリ氏にすら定かではないが、ウイグル人が共産党に入党せず、新疆大学学長というポストに就くことはありえない。

しかし、現在の中国当局によるウイグル人の「知識人狩り」は、身内だった共産党員も容赦しない。「あらゆるウイグル人の知識人を拘束する今のやり方は、カンボジアのポル・ポト政権と同じだ」と、中国現代史研究者でウイグル問題に詳しい水谷尚子氏は言う。

タシポラット氏は10年に新疆大学の学長に就任した後、わずか10%ほどだった教職員のパソコン使用率を劇的に改善した。「ウイグル人と漢人が深刻に対立した09年のウルムチ事件のとき、事件現場に一番近かった新疆大学で、漢人の学生にもウイグル人の学生にも『民族対立はやめよう。暴力は解決手段ではない』と呼び掛けた人物として、タシポラット学長はよく知られている」と、水谷氏は言う。「温厚な先生で、どちらの学生にも冷静さを求めた。それが漢人の教員の恨みを買った、という情報もある」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシア裁判所、JPモルガンとコメルツ銀の資産差し押

ワールド

プーチン大統領、通算5期目始動 西側との核協議に前

ビジネス

UBS、クレディS買収以来初の四半期黒字 自社株買

ビジネス

中国外貨準備、4月は予想以上に減少 金保有は増加
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    「真の脅威」は中国の大きすぎる「その野心」

  • 3

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表...奇妙な姿の超希少カスザメを発見、100年ぶり研究再開

  • 4

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 5

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 6

    メーガン妃を熱心に売り込むヘンリー王子の「マネー…

  • 7

    ウクライナがモスクワの空港で「放火」工作を実行す…

  • 8

    単独取材:岸田首相、本誌に語ったGDP「4位転落」日…

  • 9

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 10

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元…

  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 5

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 6

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 7

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 10

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中