東大が入学試験にぶっ込む「頭のよさを測る」問題 日本最高の教育機関が求める能力とは?
この問題を見たとき、次のように考えてしまう人がいます。
「オーストラリア産かぼちゃが多い理由なんて、今まで聞いたことがないから解けない」「この問題は、かぼちゃの生産についての知識を問う問題なんだな」
試験会場の僕も、そう感じてしまいました。
実はこれが落とし穴なんです。問題が解けないとき、知らない情報が出てきたときに、「自分は知識量が足りないから」と考えてしまうと、いつまでたっても問題が解けないのです。
この問題が解けたという東大生に話を聞くと、「かぼちゃの生産」について事前に知っていた学生は、ただの一人もいませんでした。では彼ら彼女らに、どんな知識があったのか?
「南半球は季節が逆」という知識だけです。
みなさんがかぼちゃ好きかどうか僕にはわかりませんが、かぼちゃって、年間を通して食べられますよね? 煮物やサラダ・スープなど、春夏秋冬いつでも食べるものだと思います。
でも農産物は、一つの地域だけでは(たとえば北海道だけでは)、一つの季節でしか生産できませんよね? かぼちゃは秋から冬にかけて収穫できますが、春や夏に食べたい需要もある。
だからこそ、オーストラリアなんです。オーストラリアなら、日本とは季節が逆ですから、日本が春や夏のタイミングで収穫できるのです。これがこの問題の答えです。
この問題をはじめ、東大の入試問題では「すごく単純な知識をうまく使えば解ける問題」が多数出題されています。
「豊富な知識量」≠「頭がいい」
勉強してもまったく成績が上がらない時期が長かった僕は、「頭がいい」とはどういう状態なのかをずっと考え続けてきました。知識があっても東大の問題は解けないし、本を読みまくれば頭がよくなるわけでもない。じゃあいったい、どういう人が「頭がいい」のだろうか、と。
それを知るために、東大に入ってから東大生にインタビューやアンケートなどの調査をし、たどり着いた結論が、この「持っている知識を関連づけて解を導く能力」でした。
いくら知識が多くたって、頭でっかちに「か、かぼちゃについての知識あったっけ......?」と考えていては意味がありません。それでは、いくら知識が多くてもいつまでも問題は解けませんし、知識を活かすこともできない。
それよりも、最小限の知識でもいいから、適切に活かすことのほうが重要なのです。