中国がキャッシュレス社会を目指すのは百年早い
China Can’t Afford a Cashless Society
こうした景気のいい数字に勢いづいて、キャッシュレス取引アプリ大手は、普及のためのイベントや地方自治体へのロビー活動を強化している。インターネット通販各社は2010年代初頭、11月11日の独身の日(独り者を示す1が4本並ぶ)に大々的なセールを行うといったショッピングイベントを始めた。
こうした新しいイベントはキャッシュレス決済をさらに普及させる。アリペイの親会社で電子商取引大手のアリババは、2017年8月に本社のある杭州市および武漢、福州、天津で「キャッシュレス都市ウィーク」というイベントを開催した。
騰訊(テンセント)の子会社ウィーチャットペイも後に続き、縁起のいい8月8日を「キャッシュレスの日」と名付け、同様のプロモーションを行った。だが武漢では中国人民銀行の支店から圧力を受けて、支払い方法は「消費者の選択を尊重する」と、キャンペーンの表現を変えた。
多くの都市で、キャッシュレス決済が当たり前になっており、物乞いや大道芸人も微信とアリペイの QRコードを使って小銭をねだる(与える方は、そのQRコードを自分のスマホで読み取り、金額等を入力すればいい)。だがこうした事例は、キャッシュレス化では解決できない格差を拡大させかねない。
金融サービスへのアクセス度を調査した2017年の「グローバル・フィンデックス・データベース」(世界銀行)によれば、中国では農村部の約2億人が銀行を利用できず、正規の金融システムから締め出された状態にあるという。
ネット難民は支払い不能に
キャッシュレス決済システムではその設計上、まず銀行口座の登録が必要で、その後にモバイル決済のプラットフォームに接続される。金融機関に口座がなければ支払いはできない。
世銀傘下の研究機関「貧困層支援諮問機関(CGAP)」による2017年の報告書によると、農村部に住む中国人の70%近くがインターネットと縁がなく、特別な事情がなければ、モバイル決済の利用に必要なスマートフォンと銀行口座を手に入れることはできない。
こうしたデジタルプラットフォームが基本的な決済手段となるなら、中国は、銀行を利用できずにいる国民に金融サービスを提供するという、たいへんな難題に直面することになる。
国内のキャッシュッレス決済をいかにして全国民に利用可能にするかという問題は、政策関係者の間で活発に議論されている。
北京の大衆紙「新京報」は2017年に論説で、地方の共同体や個人の意見を聞かずに支払いをキャッシュレス化することにまつわるリスクを指摘した。これまで現金しか使われていない地域で、人々を金融システムから締め出せば、農機具や種子など農業に必要な買い物もできなくなる。