最新記事

多民族国家

モスク礼拝の騒音訴えた仏教徒女性に懲役刑 大統領選控えたインドネシア、少数派に冬の時代?

2018年8月31日(金)18時00分
大塚智彦(PanAsiaNews)

2019年の大統領選に向けウィドド大統領(左)は、イスラム教指導者の重鎮アミン氏を副大統領候補にすえた。 Darren Whiteside - REUTERS

<政府から独立した汚職撲滅委員会は、人種差別的な判決だという国民の声に押されるかのように、裁判官らを汚職容疑で取り調べたが──>

インドネシアの国家汚職撲滅委員会(KPK)は8月29日、北スマトラ州・メダン地方裁判所の裁判官や事務官ら7人に対する汚職容疑での取り調べと裁判所内の家宅捜索を実施したことを明らかにした。

KPKは独立した汚職摘発組織で、最近も与党ゴルカル党員でジョコ・ウィドド内閣のイドルス社会相(8月24日辞任)を汚職事件の容疑者に認定して事情聴取するなど、依然としてインドネシア社会の隅々に蔓延する悪弊の撲滅に全力を挙げている。

そのKPKが地裁の裁判官らを汚職容疑で捜査したことがインドネシアでは異例の大きなニュースとなった。それは同地裁の副所長で、「モスク(イスラム教施設)の騒音がうるさい」と騒音被害を訴えた女性に対し「懲役18カ月」の判決を言い渡した裁判長が含まれていたからだった。

メダン市のタンジュン・バライに住む中国系インドネシア人女性で仏教徒のメイリアーナ被告(44)が、近所のモスクのスピーカーから流れてくる1日5回の祈りを呼びかけるアザーンの声が「うるさい」とモスクに訴えた。ところがモスクや地元イスラム教団体から「イスラム教への冒涜である」と起訴されて裁判となり、8月21日実刑判決を受けたのだった。その判決を言い渡した裁判長が、8月28日にKPKが隠密裏に行った囮(おとり)捜査で1度は逮捕されたものの、証拠不十分で翌29日には釈放されたのだった。

参考記事:「世界一早く水没する都市ジャカルタ」 インドネシアが動じない理由とは?

高まる判決への批判と不満

裁判の判決に対しては「騒音を訴えただけでイスラム教への冒涜には当たらない」として弁護側が直ちに控訴するともに、インドネシア最大のイスラム穏健派組織「ナフダトール・ウラマ(MU:支持者3000万人)」も「被告の発言は特定宗教への憎悪表現でも敵対心扇動でもなく、宗教冒涜とは言えない」との立場を示し、政府人権擁護委員会や「インドネシア・モスク協議会」会長を務めるユスフ・カラ副大統領まで判決への疑問を示す事態となっていた。

一方インターネット上でも「被告の即時釈放、判決見直し」を求める署名運動が始まり、これまでに約10万人が署名したという。

こうした判決への批判の高まりと、同地裁への汚職容疑での捜査は直接関係があるものではないとされている。しかし判決から1週間後の囮捜査とあまりにもタイミングがよすぎることから「国民世論を背景にKPKが動いたのではないか」との憶測が高まっている。

KPKは公式にはコメントしていないが「汚職捜査は厳正に予定通りに進められる」と判決との関連を間接的に否定しているという。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

COP29、年3000億ドルの途上国支援で合意 不

ワールド

アングル:またトランプ氏を過小評価、米世論調査の解

ワールド

アングル:南米の環境保護、アマゾンに集中 砂漠や草

ワールド

トランプ氏、FDA長官に外科医マカリー氏指名 過剰
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたまま飛行機が離陸体勢に...窓から女性が撮影した映像にネット震撼
  • 4
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 5
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではな…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 8
    クルスク州のロシア軍司令部をウクライナがミサイル…
  • 9
    「何も見えない」...大雨の日に飛行機を着陸させる「…
  • 10
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中