中国が「一帯一路」で目指すパクスシニカの世界秩序
5)南アジアにおける「中進印退」
中国は、南アジアで「インド依存型の地域秩序」を切り崩す外交を展開しています。
「一帯一路」に参加したモルディブは、中国とFTAを締結しました。ネパールは、2015年以降、インド依存型から親中派政策に顕著に軸足を動かしています。中国がインド勢力圏を切り崩している南アジアにおいて、中国とインドの優位関係は、「中進印退(中国のプレゼンスが高まり、インドのプレゼンスが後退している)の形勢にあると」言えるでしょう(中国の対南アジア外交について、紙幅の都合で本稿は略述にとどめるため、拙著『米中露パワーシフトと日本』勁草書房、2017年刊、第6章を参照してください)。
南アジアにおける中国プレゼンスの膨張は、「一帯一路」が提唱される前から、「中国型新植民地主義」と警戒されていました。中国からパキスタンへの支援は、すでに半分以上が焦げ付いているとの報道もあります。パキスタンやネパールやミャンマーでは、資金援助と引き換えに提示された所有権や運営維持管理などの諸権利を中国側へ譲渡するという融資条件をめぐり、プロジェクトが中断したり中止に追い込まれたりする案件も出ています。「一帯一路」は御伽噺ではありません。
地政学的要衝に位置するスリランカは、親中派であったラージャパクサ時代からの「借金のカタ」に、中国国有企業へハンバントタ港の運営権を99年間貸し出すことになりました。ハンバントタ港はインド洋圏の中心部にあります。同港湾は、「一帯一路」構想において、ギリシャのピレウス港やケニアのモンバサ港とならぶ戦略的要衝です。スリランカは、2015年に「脱中国依存」の全方位外交を目指したシリセーナ政権へ交代したものの財政を立て直せず、シリセーナ政権も中国の経済力を頼りにせざるをえなくなっています。2017年3月には、中国が独自で開発する衛星測位システム「北斗」の海外進出チームが、タイとスリランカで北斗国際協力の「モデル活動」を打ち出し、北斗による協力をASEANの10カ国とアジア・アフリカ諸国に拡大していくことを発表しました。スリランカが「北斗高精度測位ネットワーク」を運用することで、ロシアや中央アジアや中東の北斗システムと連動させて、南アジア全域が中国の監視下に置かれることになります。
一方、中国にとっての中印関係は、ゼロサムではありません。中国にとって、インドはライバルであると同時に、お互いに巨大な人口のマーケットを抱える「パートナー」でもあります。また、中国にすれば、中国は「グローバルな大国」ですが、インドは「地域大国」にしかすぎず、中国と同等に肩を並べているわけでも「直接的な中国の安全保障への脅威」でもありません。また、南アジアで膨張している中国にとって、「ドクラム+ネパール」の対インド地政学は中国側に有利になっています。The Times of Indiaによれば、2017年12月には、ブータンのドクラム(洞朗)で中国人民解放軍が兵舎などの恒久的な駐屯地を建設し、1600~1800人が駐留し、ヘリポートやプレハブ兵舎や商店を建設し、道路を補修していることが明らかになっています。南アジアでも着実に「膨張している中国」がドクラム高原を支配すれば、ミャンマーとバングラデシュに挟まれたインド東部7州とインド本土を結ぶ陸路を遮断することも中国には可能になります。インド東部7州を「人質」に取られたも同然となったインドは、日米の「インド太平洋戦略」において、日米が期待するほどの動きを中国にしなくなることは明かでしょう。
むすびにかえて
中国がグローバルな経済大国として、その影響力をますます増大していくことに疑いはありません。そのような中国との安定した日中関係の発展は、両国民の大きな利益になります。それは、アジア地域のみならず太平洋地域の平和や発展にも望ましいことです。
2018年1月23日、中国外交部は定例記者会見で、「中国側は日本側を含む各国と共に、『共に話し合い、共に建設し、共に分かち合う』という原則に基づき、共同で『一帯一路』建設を推進し、地域の共同発展・繁栄を実現することを望んでいる」と述べました。しかし、中国が「一帯一路」の発展の先に描いている「人類の運命共同体」や「政治体制の多様性を尊重した公正で合理的な国際秩序と国際体系」と呼んでいる世界観は、自由主義や民主主義といった普遍的価値観とは異なる世界秩序に作り替えられる世界観です。
日本が「一帯一路」に組み込まれていくことは、日本の未来にとって望ましいことなのでしょうか。「一帯一路」への参加には、理念への賛同、政策面のドッキング、資金面の支持、プロジェクトへの協力が求められます。中国は、日本の南西諸島方面のみならず、「氷のシルクロード」開拓で今後は津軽海峡や宗谷海峡においても中国プレゼンスを急速に膨張させていくことが容易に予想できます(次頁図2参照)。「一帯一路」の一翼を日本が担っていこうと語ることは、日本の安全保障環境と如何に向き合っていくのかという選択でもあります。また同時に、パクスアメリカーナを支持し続けるのか、それともパクスシニカへの構築へ乗り替えていくのか、という選択でもあります。
「一帯一路」について危惧すべき点は、それだけではありません。「一帯一路」でプロジェクトを進める多くは貧困国であり、中国が補給基地や重要港湾を整備している国は、プロジェクトの資金調達能力と債務返済能力に深刻な課題を抱え、中国への高依存のもとで負債過多に陥っているという点です。人口が少なく採算性が低い国での過剰投資では、中長期的にみても利益が見込めず、「一帯一路」がユーラシアで不良債権を拡大していくことになりかねません。そうなれば、中国が債務国における政治的影響力を高め、それが国際組織のガヴァナンスにおける中国の主導権を強め、中国が主権・領土問題をめぐり「中国に有利な国際世論」を形成できることに繋がります。アメリカの諮問機関である米中経済安保調査委員会が2018年1月25日に開催した「一帯一路」に関する公聴会で、ISRC(International Strategic Research Center)の研究員は、「一帯一路」を請け負う89%が中国企業、7.6%が現地企業、3.4%が外国企業であると証言しました。「超少子高齢化の日本」にとって、「一帯一路」構想への協力は、ビジネスチャンスばかりとは言えません。
「一帯一路」をユーラシアにおける経済圏構想として語っている人々は、目先の経済活動の利益にばかりとらわれて、日本の安全保障の将来を差し出そうとしていると、そろそろ気づくべき時ではないでしょうか。
[筆者]
三船恵美(みふねえみ)駒澤大学法学部教授
早稲田大学第一文学部卒、米国ボストン大学大学院(修士、国際関係論)、学習院大学大学院(博士、政治学)。中部大学専任講師、助教授、駒澤大学准教授などを経て現職。単著に『中国外交戦略ーその根底にあるものー』(講談社選書メチエ、2016年)、『米中ロパワーシフトと日本』(勁草書房、2017年)などがある。共著に『中国外交史』(東京大学出版会、2017年)などがある。
※公益財団法人日本国際フォーラム発行の政策論集『JFIR WORLD REVIEW』 より転載