最新記事

インドネシア

イスラム急進派がLGBTを暴行・脅迫 ムスリムへ敬意を強要される断食月のインドネシア

2018年5月29日(火)19時00分
大塚智彦(PanAsiaNews)

現場の警察官は見て見ぬ振り

こうしたLGBTの人々への明らかな人権侵害の現場には制服姿の警察官がいたものの、傍観しているだけだった。チアンジュール警察の署長は「警察官がいたからこそ安全が確保された」として問題がなかったとの立場を示している。

インドネシアではイスラム法が適用されているスマトラ島北部のアチェ州を除き全国で同性愛の性行為やLGBTの存在は違法ではない。しかし国民の約88%を占めるイスラム教徒の規範や習慣、価値観、モラルが法律より優先されるケースも少なくない。

2017年5月にはゲイパーティーに参加していたゲイ141人が逮捕され、同年10月にはサウナ施設にいたゲイ58人が逮捕される事件も起きている。いずれも反ポルノ法と麻薬取締法違反容疑での逮捕とされているが、人権団体は「LGBTに対する嫌がらせ、性的少数者への迫害だ」と批判している。

大統領も選挙絡みで及び腰

ジョコ・ウィドド大統領はLGBTに関しては静観する姿勢に終始している。背景には2019年に予定される大統領選で再選を目指すうえでイスラム教団体の支持が不可欠という情勢が関係しているという。庶民派のイスラム教徒であるジョコ・ウィドド大統領はイスラム教団体から「イスラム保護に熱心ではない」、といわれない批判を度々受けている。

さらに政権内部には「LGBTの権利保護運動は国外勢力に主導されたもので、インドネシアへの代理戦争だ」(リャクード国防相)「同性愛は染色体の病気であり治療が必要だ」(パンジャイタン政治法務治安担当国防相=2016年2月当時)という強硬派が幅を効かせており、大統領自身が率先してLGBTの人権保護を言いだせる状況にはないのが現実である。

断食月はインドネシア社会全体が「イスラム教あるいはイスラム教徒に忖度していろいろと自主規制」しているのが現実である。

外国人や非イスラム教徒がよく利用するレストランなどは日中、内部で飲食する様子が見えないように白い垂れ幕やカーテンで仕切るのが通常で、同じ職場でも断食中のイスラム教徒がいる場合は、飲食も目立たないところで静かにとるのが「礼儀」とされている。

仕事の効率や勤務時間、勤務態度も全て「断食中」であるとの理由でかなり緩々になるという。インドネシアがテロの度に掲げる「多様性」や「寛容」はあくまで異なる宗教間だけのもので、LGBTのような宗教と関係ない「人としての権利」には無慈悲であるというのが今のインドネシアが直面する大きな課題といえよう。インドネシアのLGBTにとってはこれからも受難の時代が続きそうだ。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

202412310107issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年12月31日/2025年1月7日号(12月24日発売)は「ISSUES 2025」特集。トランプ2.0/AI/中東&ウクライナ戦争/米経済/中国経済…[PLUS]WHO’S NEXT――2025年の世界を読む

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロが電力インフラに大規模攻撃、「非人道的」とゼレン

ワールド

日中外相が会談、安保・経済対話開催などで一致

ワールド

カザフスタンで旅客機墜落、67人搭乗 28人生存

ビジネス

政府経済見通し24年度0.4%に下げ、輸出下振れ 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2025
特集:ISSUES 2025
2024年12月31日/2025年1月 7日号(12/24発売)

トランプ2.0/中東&ウクライナ戦争/米経済/中国経済/AI......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 2
    ウクライナの逆襲!国境から1000キロ以上離れたロシアの都市カザンを自爆攻撃
  • 3
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリスマストイが「誇り高く立っている」と話題
  • 4
    9割が生活保護...日雇い労働者の街ではなくなった山…
  • 5
    「自由に生きたかった」アルミ缶を売り、生計を立て…
  • 6
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 7
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 8
    ウクライナ前線での試験運用にも成功、戦争を変える…
  • 9
    「オメガ3脂肪酸」と「葉物野菜」で腸内環境を改善..…
  • 10
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
  • 1
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 2
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 3
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──ゼレンスキー
  • 4
    おやつをやめずに食生活を改善できる?...和田秀樹医…
  • 5
    村上春樹、「ぼく」の自分探しの旅は終着点に到達し…
  • 6
    ウクライナの逆襲!国境から1000キロ以上離れたロシ…
  • 7
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
  • 8
    9割が生活保護...日雇い労働者の街ではなくなった山…
  • 9
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 10
    【駐日ジョージア大使・特別寄稿】ジョージアでは今、…
  • 1
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 2
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 3
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼンス維持はもはや困難か?
  • 4
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達し…
  • 5
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 6
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田…
  • 7
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 8
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
  • 9
    2年半の捕虜生活を終えたウクライナ兵を待っていた、…
  • 10
    村上春樹、「ぼく」の自分探しの旅は終着点に到達し…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中